花は花として

「えんちゃん! 首締めろ。背筋伸ばせ。きみはできる。できる」

スクラム練習から一旦腰を伸ばし、水を入れながら、円城寺くんの表情はともすれば弛緩したようになる。それを励ますのは保谷くんの声だ。大前くんは岩佐くんに相手してもらいながら、ラインアウトの調整をしている。八人しかいないフォワードの、スクラム練習だから、三人対三人のシンプルなものになってしまうのだが、その密度と緊張感は高い。

円城寺くんのトイメンは西崎くんだ。彼は、スピードやボールスキルではティームに貢献できないことから、スクラムに賭けている。決して押されない。その気迫に、名前や体格と同じように円満な円城寺くんは、ともすれば呑まれる。その隣の榎くんも、太ももをわなわなと震わせながら石宮くんと押し合う。ファインダー越しの世界ではなく、リアルな肉体の攻防なのだ。

北の丘陵からは凍えるような風が吹き下ろしてくる。海側に建つ体育館が日影を作るために、グラウンドの三分の一は湿気が取れず、時にスパイクシューズさえスリップさせる。でも、二月の土曜日の、この時間の大切さを、みんなが分かっている。高校入試と学年末試験で、春までの練習時間は削り落とされる。

でも、春には期待も待っている。十二月の学校説明会の時、参加した中学生の何人かはラグビー部の見学にも来てくれた。平塚の中学の滋しげ田たくんと郷ごう内ないくん、小田原からの宮みや島じまくん。この三人は大磯東を受験することと、入学が決まったらラグビー部に来てくれる約束をしてくれた。

佑子は一つの覚悟を持って練習を一区切りさせ、メンバーを集めた。

「ハードな練習をしてみよう。フルのコンタクトで、ミニマッチ、やってみよう」

すでに、グラウンド中央に、マネージャーの二人が二〇メートル四方のラインを石灰で描いている。キック以外の戦法の全てを、約束事なしで発揮していい。試合のグラウンドでなら局地戦というところか。モールやラックという密集での動きや、パスやランでの攻撃も、大きく広がった戦法は取れない。何より、全身を、全力を発揮して闘う練習だ。

佑子も、秋から冬にかけてレフリングやコーチングの講習会に何度か参加した。公式戦で笛を吹く女性のレフリーだって、女子ラグビーのアスリートだっているのだ。スタートコーチの資格は取った。レフリー資格こそ取っていないけれど、佑子もせめて、部内のゲームで笛を吹く用意をしてきてはいる。