音もなく老人ホームの窓が開き、お浜ばあちゃんはベッドごとふわっと浮かび上がり静かに夜の外に出た。夜はいつの間にか朝になり、お浜ばあちゃんのベッドは海原の上を飛んでいた。海では大きなクジラが潮を噴き上げていた。初めて見たクジラにお浜ばあちゃんは大喜びした。
「あれは、深い海から浮き上がってきたクジラのため息なんですよ」
青年がさりげなく旅の案内をしてくれる「クジラなりに思い悩むことがあったんだろうね」お浜ばあちゃんはしんみりうなずいた。
ベッドは小さな島の上を飛んでいた。島には海に向かって半身の巨大な石像がたくさん並べられていた。
「イースター島のモアイ像です。島の人間は守り神をたくさん作りすぎてその運搬用に森林をすべて切り倒したため島から森がなくなってしまったといわれていますが」
「つらい話だが、でもモアイ像には罪はなかろう」
青年の話にお浜ばあちゃんは、モアイ像の頭のてっぺんをなぜなぜした。音楽が賑やかに聞こえる暑い島にベッドは降りてきた。広場では年寄りも若者も楽しげに踊っている。
「ここはキューバのハバナです。ボサノバやサルサを踊って一日の疲れを癒しているんです。ここの人たちはあくせく働くことをしません。人生を楽しむのが上手なのです」
青年はお浜ばあちゃんをベッドから抱きかかえ、立たせた。あら不思議、お浜ばあちゃんは自分の力で動き出し、青年とボサノバやサルサを踊りだした。
「人生ってこんなに楽しいものだったんだね」
お浜ばあちゃんは有頂天だった。踊り疲れてお浜ばあちゃんはベッドでスヤスヤ眠っていた。ベッドは海を越え草原の上を飛んでいた。
「起きてください。アフリカに着きました。動物たちがたくさんいますよ」
お浜ばあちゃんはゆっくり起き上がり、ベッドの下を覗いて驚いた。ヌーやシマウマ、トムソンガゼルが悠然と暮らしている。
「動物園と違ってなぜか幸せそうだね。生き生きしているわ」