空飛ぶベッド

お浜ばあちゃんは、自分の余命がもはやもう長くないことを感じていた。死ぬのは怖くはないが、働きづめの人生でどこにも出かけられず、欲をいえば一度くらい旅をしてみたかった。老人ホームの人はみな親切だったが、お浜ばあちゃんはもう諦めてお迎えが来るのをじっと待っていた。ある晩、窓が開いているわけでもないのにさっと風が吹いて、ベッドのわきには青年が立っていた。

「お迎えに来ましたよ」

青年の耳は犬の耳でしっぽもはえていた。

「神様も手薄かね、犬のお迎えとは」

お浜ばあちゃんは目を丸くした。

「チロに頼まれました」

青年は優しく答え、

「私はチロに一目惚れして、こんな姿にされてしまいました。犬の世界は身分違いの恋愛はご法度なのです」

と奇妙な姿のいわれを話してお浜ばあちゃんを安心させた。

「そうかい、チロは外に繋いでおいたからね。一年もしないうちに春秋と二度も出産をして、フィラリアにもかかってやせ細り、短い命だった。かわいそうなことをした」

思い出して涙ぐんだ。

「天国にご案内しますが、その前に思い残していることはありませんか」

青年は尋ねた。お浜ばあちゃんはゆっくり考えて言ってみることにした。

「冥土の土産に旅がしたかったね」

青年はこくりとうなずいて、お浜ばあちゃんの肩に手をかけた。

「チロから最後の願いを叶えてあげてほしいと言付かってきました。時間がないので、さあ行きましょう」