書き溜めたメモに人生が詰まっている?

私は、大学卒業後の20年を医師・病院経営者として、その後の20年を小矢部市の市長として過ごしてきました。それは退屈する暇など一瞬たりともないほど多忙な40年間であり、それによって成し遂げたこと、作り上げたものなどには概ね満足しています。幸いなことに大きな失敗をすることもなく、その時々に定めた目標を一つひとつクリアするという順調な人生を歩んできました。

そのおかげで、記念日などに何かをするなど、家庭を顧みてこなかったことは反省しています。また、ジンクスなどにもとらわれることなく、自由気ままに生きてきたと自負しています。

しかし、男たるもの、やはり世の中にあるより多くのものを「自分のものにしたい」「支配したい」「もっと大きな仕事をしたい」という感情があるのでしょう。私も、医師だけでは満足できず、病院経営者となっても満足できず、市長になっても満足することはできませんでした。まだまだ、もっと何かしたい、何かできることがあるはずだ、と感じてしまうのです。

しかし、年齢には勝てませんから、政治の世界から引退し、病院経営も娘に譲ることにしました。ところがいざそうなると、もう毎日が退屈で仕方ありません。自宅に隣接する倉庫を日曜大工で作ったりもしていますが、なかなかそれだけでは面白くない。毎朝倉庫へ出向いて30分ほどゴルフスイングの練習をしていますが、それも習慣のようなもの。

そこで、これまでに書き溜めた膨大なメモを整理して、文章にまとめてみたいと思うようになりました。何しろ、人生の節目節目に書き溜めたものですから、その時々の私の考え、興味、意識、そして課題、答えなどが詰まっています。うまく文章にまとまれば、皆さんにも何か伝わるものがあることでしょう。

私もいい年齢ですから、そろそろ退屈というものを受け入れて、慣れていかなければならないのかもしれません。しかし、それなら、いやいずれはそのような退屈も受け入れなければならないからこそ、やはり私がこの世に生きた確かな証を残しておきたいという欲張った気分もあります。この本を記すことが、私という人間が生きた証となり、この戯言のひとつでも若い人たちの心に響いてくれたら幸いです。