死んだ人の魂は神霊界でどう過ごすのか

(4)神霊の言葉

①神霊言葉は、人が考えた内容の鏡のようなもの

宗教の創始者は、神からお言葉を受け、そのお言葉をもとに宗教を作り上げたと思われている。1000年以上前にできている仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教から近年の新興宗教まで、神から受けたお言葉をもとに作り上げたと皆信者たちは思っている。

そして不思議なことに、その宗教の神だけが最もよい神様だと信じている。人を助けるのが宗教なのに、他の宗教と争いになることがある。人を助けるという宗教の思想は共通なのに、矛盾した行動を取っている。神が、他の宗教は、悪だなんて言ったのだろうか? たぶんそんなことは一言も話していない。

教えは話しているだろうが、他の宗教が悪なんて言っていないだろう。これは宗教信者たちが、自分たちの宗教の神様が一番だと強く主張し、他の宗教を受け入れないからだ。近年の宗教の中には、他の宗教の神の存在を認めるが、自分たちが一番という思想もある。

さて、宗教の創始者たちがどのように神のお言葉を聞いたのかを考えると、どうやら皆夢を見ているときに聞いたようである。この言葉、本当に神自身が考えて話したのだろうか?

こんな疑問数千年の歴史の中で、誰一人思った者などいないだろうが、私はこのことを考えてみた。とても重要なことだからだ。なぜ疑問を持ったか。それは、宗教の創始者たちは神はひとつと言いながら、宗教によってその内容が違っている点である。同じ神なら同じことを言うのが、当たり前と思うのが論理的ある。

なぜ食い違うところが出てきてしまうのか? それは、神が神の知識で話せないからである。神は、人の考えたこと、思ったことに対して、感情的にまあいいだろうと思ったことについて、答えるのである。人の知識を使って話すのである。

神の話す内容は、人の知識の内容に左右されるのである。人の知識を使って話すならば、宗教がたくさん増える理由がよくわかるし、この方が論理的である。人の育ち方は人それぞれで、教養の量も人によってさまざまである。

では、なぜ創始者たちは神のお言葉を聞くことができたか、それは皆神霊界について強いイメージを抱き、そして神に尋ねているからである。神に強い関心があるから、神はうれしくて、人がイメージする神のように威厳のある言葉で答えてしまうのである。