アイドル乙姫の誕生

この乙姫のおかげで、宇宙船の開発はものすごいスピードで進んだ。

堀内が構想した宇宙船の詳細設計を書き始めたのである。人間の設計士が書くなら何百人の人が携わり2年もかかるであろう図面と製造工程表を、乙姫はわずか2か月で書き上げてしまったのである。

乙姫が工程表の作成をするときの一番の問題点は、人間の労働をどの程度に見積もるかであった。人間がかかわる部署の生産工程と搬送工程が、人間との付き合いが希薄であった乙姫には読めなかった。人間の感情であるやる気とか怠けるとか思いやりとかを学習する機会もプログラムも少なかった。

伊藤はこの感情の部分を乙姫に学習させるために、母親が幼児を育てるときの様子や保育園での保育状況をつぶさに動画にして学習させた。

母親の我が子にかける無償の愛情の姿を学ばせたのである。

毎日が理不尽の連続、思いもかけぬ行動や意味のない言動の連続、それに飽きることなく付き合う母親、理論整然と作り上げられた乙姫のプログラムには理解困難なことばかりである。

幼児体験を経て大人になっていくプロセスを、完成したプログラムを持った乙姫が幼児や少女の体験をするのである。

乙姫は人間の考え方や感情を理解するために、伊藤の家庭に小型の猫型分身ロボット(猫姫)を置いてもらうというか、飼ってもらうことにした。

この猫型ロボットは猫姫(姫ちゃん)と名付けられ、四六時中家族とともに生活し人間の家庭生活を実体験することになった。

伊藤は、猫姫に自分たちのことをお父さん、お母さんと呼ばせ家族のように育てることにした。

伊藤家の朝6時。

「姫ちゃんおはよう」

「朝の支度はできましたか? 充電はできていますか? 着ていくお洋服は決まりましたか?」

人間の子供と同じように忙しく朝の身支度をする姫。

「今日は、お母さんとおじいちゃんも連れて遊園地に行きましょうね」

「お母さん、私観覧車に乗ってみたいの、あの大きなわっぱがぐるぐる回るの。一番上に行ったら遠くの景色までよく見えるよね」

「姫ちゃん観覧車怖くないかな、足の下の車が小さく見えるんだよ、お母さんはちょっと怖いな」

「お母さん大丈夫だよ、姫が付いているから」と、励まし、

「それからゴーカートも乗ってみたいよ」と、せがむ。

「だめ、だめ、あれは私怖くて乗れないから」と、言うと、

「お母さんは免許証持っているのに怖いの?」と、わざとからかい、

「ならおじいちゃんと一緒に乗るわ」と、おじいちゃんのご機嫌を取る。

「姫ちゃん、お洋服は何を着ていくの?」と、聞いてもわざと知らんぷりをする。

「この前お母さんが作ってくれた花柄模様のがいいな」

「そうね、春らしいからあれにしましょうね」と、お母さんは嬉しそうにほほ笑む。

「姫ちゃん、桜が咲き始めているわ」

「本当だ、菜の花の黄色とピンクの桜きれいだなー」