「心の健康」を診る仕事
私は精神科医ですが、大学に入学した当初は外科医に憧れていました。しかし、研修医としてアルバイトなどをするうちに、体の健康と同じように心の健康も大切なのだと意識するようになりました。それが、精神科医に興味を持つようになったきっかけだったと思います。
私が医師となるべく学んでいた時代は、戦後のドラスティックな体制変化に伴って精神衛生法が施行された時代でした。戦前・戦中の日本で精神に障害のある子どもが生まれると、それは「恥ずべきもの」として「存在しなかったこと」にされることが多かったと言われています。
仮に家が裕福で、生きることができたとしても、彼らの多くは陽の当たる生活を送ることが叶いませんでした。江戸川乱歩や横溝正史の小説に登場するような、私宅内のいわゆる「座敷牢」などに監護されていたのです。監護されていたといえば聞こえがいいですが、要は監禁、軟禁といった状態です。
そんな、陽の当たらない生活を強いられていた精神障害者たちの人生を一変させたのが、戦後の精神衛生法です。精神障害者を病院に入院させて治療する方向へと方針が転換されたのです。これは、敗戦による外圧で欧米の精神衛生に関する知識が導入された、もしくは強制されたことに伴う大きな変化と言えるでしょう。
この方針転換を受けて、当然全国各地に精神障害者の入院治療を行う病院が必要とされたことを受けて、私も精神科の病院を建てようと考えたわけです。当時はそのような社会環境であったがゆえに精神科医の役割が高かったのですが、現在はまた違う理由によって精神科医の役割が高まっていると感じています。
現代はストレス社会とも言われます。そのため、うつやノイローゼ、自律神経失調症など心の健康を残してしまう人が増えていると言われています。それら心の病を診る医師として、今再び精神科医の役割が大きくなっているような気がします。