第二章 千年の暁
そしてついに彼らはヨーロッパに向けて動き出す。大航海時代とともに大西洋に乗り出したスペイン、ポルトガル、イギリス等の背後からの殲滅的攻撃のために。百九十万の軍勢は四手にわかれた。
最大の七十万の主力はオロスが率いた。ヨーロッパの大道を西進し、フランス王国、スペイン、ポルトガルを目指す。北方のスカンジナビア制圧には三十万が当てられた。地中海を船団とともに西進するのは約二十万だ。イタリア特にバチカン制圧が目的だ。エジプト、アフリカ北岸からジブラルタルを渡ってスペインを目指すのはトルクメニスタンからの五十万だ。ほとんどがトルコ系ムスリムだった。残りの二十万は遠征整備部隊としてまた、近衛部隊としてテムルカーンが率いた。
「彼らヨーロッパ人に新大陸、アジア、アフリカなどで植民地化などと勝手は絶対にさせない。アジアの力を思い知るがいい」
ギリシャ正教の信徒ロシア人や、イスラム教徒の精鋭を含むアジア軍はしずしずと西方に動き出す、まるで民族大移動のように。
「しかし考えてほしい。なるほどアジアの戦力はヨーロッパを征圧するかもしれない。だがしかし、十七世紀のアジアに制圧されればその後のヨーロッパ文明はどうなるのだ。イタリアにルネッサンスはついに結実せず、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロやラファエロ達の美術は評価されぬまま地に埋もれてしまうかもしれず、我々は彼らの作品を観ることはないかもしれない。ドイツ、オーストリアにバッハもモーツァルトもベートーベンも現れず、彼らの天上の音楽をついに聞くことはないだろう。それでよいのか」
映画の中で近代人のうめき声は聞こえてくる。
「それはそれでよい。あの一神教に裏打ちされた芸術は完全に姿を消すのだ。その代り、多神教との融合で生じる新たな芸術が顔を出す。それが十七世紀以降の世界芸術であり、科学全般となりうる」
厳かにそう宣告するのはあの「マルト神群」で映画デビューした婆須槃頭扮するアストラハン太守であり、欧州制圧軍の総指揮をとるオロスであった。