【前回の記事を読む】【小説】素性を隠す俳優、記者の厳しい追求に大御所が鶴の一声

記者会見

記者連中は皆顔を見合わせぶつぶつ小声で話し始めたがやがて一人が手を上げた。司会者が指名すると立ち上がったのは、記者連中でも年嵩(としかさ)の、リーダー的でインテリ風な外見を持つ男だった。

「河村凛風さんの今の言葉、一ファンとしてまことに身に染み入るものがありました。いいでしょう。これ以上婆須槃頭さんの素性を追及するのはやめましょう。しかし、これだけはお聞きしたい。婆須槃頭さん、あなたがインドで一スタッフとして撮影所で働かれていた頃を知るものはここにはいない。しかし、そのすぐあとであなたは涯鷗州に企画と脚本を手渡し映画『マルト神群』をスタートさせましたね。あの映画は誰の指示と力で出来上がったのでしょうか。その発端を切り開いた存在をあなたは知っているはずだ。それをお聞かせ願いたい。

私はそれを形而上(けいじじょう)的な存在だと思っているわけですが、インドと日本の目に見えない繋がりとか、仏教的多神教の起源とか、そんなことは抜きにしてぜひわかりやすい言葉でお聞かせ願いたい。また、あなたがそれをきっかけとして俳優として変身し、世界の映画界に旋風を巻き起こしていく過程の、その筋書きを描いたものは誰なのか、答えにくいかもしれませんがお聞かせ願えませんか。以上です」

すごい質問だと思った。彼がどのような答えを期待しているのかさえ見当つかないえらい質問だと思った。婆須槃頭は質問者に鋭い眼光を送っていたが、やがて切り出した。私は、傍らの佐々木洞海が睨む目つきになっているのに気づいた。

「端的に申しますが、私には自身がインドに渡る理由が見つからなかった。只々成り行きでそうなったとしか思えない。そのインドで私は貴重な経験をした。おそらく日本や、アメリカに居続けていたとしたら経験できなかったとしか申しあげられない。その一つが人格変貌だ。

あるきっかけでインドで私は人格が変わった。ありきたりの言葉でいえば超能力としか言えない能力が身についたのだ。そして何者かに命じられるようにして『マルト神群』の創作に向かっていった。よくぞと思えるほどの才能が周囲に集まりだし、映画はまれに見る傑作となっていった。そして、私自身の俳優としての道筋も何者かによって切り開かれていった。その何者かが私にも解らないのだ。ただ言えることは、私が関係した映画によって人生に活路を見いだした人が多いということ。

それが、その何者かの深謀遠慮によってだろうということだ。私はこれをサムシング・グレート(偉大なる何か)によるものと思いたい。彼が何者であるかはどう考えてもわからない。彼が何を目指しているのか、ここにおられる皆さんと考えてみたい」