ニューロンコンピューター「乙姫」との対話

織田は、伊藤と本多の研究に自らの脳の記憶を提供し複写することにした。織田が仮面ライダー型のコントローラーホルダーを被り、ゆったりとソファーに身体の3分の2ほどを沈めて座る。横たわる織田の眼前に過去の記憶が走馬灯のごとく流れていく。

伊藤の開発したニューロンコンピューターは本多の想像を超え、自ら織田の記憶を呼び起こす呼び水を出し、織田の80年の人生の記憶の大部分をきれいに複写してしまった。このニューロンコンピューターは後ほど「乙姫」と名付けられることになる。

織田とコンピューターの記憶テストが行なわれた。織田しか知らない、織田がすでに忘れ去ったこともコンピューターは話しだした。このニューロンコンピューターは普通のコンピューターの情報記憶データも膨大に持ち合わせている。織田の業績、生まれたときからの記録、織田が過ごした社会環境から世相、趣味や友達関係図、家族のルーツについても持っている。

織田は自分と対峙しているニューロンコンピューターの中の自分に話しかけた。

「オイお前、お前は誰だ」

「織田さん、私はあなたそのものです。あなたと同じ考えであなたと同じ価値観を持ち、あなたと全く同じ人生観を持ち、あなたと同じ判断をする。あなたそのものの織田です。外の私と内の私と、もし違いがあると言うなら、究極のひらめきは内の私の方が劣るのかもしれません」

と答えられ、織田は内心コンピューターのくせに偉そうにと不愉快を感じる。織田が

「伊藤さん、あなたはどうしてこんなことをやろうと思い付いたのですか」

と、尋ねると、

「私は、虫や小動物が大した脳もないのに生まれながらに生きていく術をもって、空を飛んだり餌をとったりして行動するのを見て、人間の記憶とはもっと原始的なところにその原点があるのではと思い研究を始めたのです」

織田はうなずきながら、

「そうですか、私も子供の頃昆虫が大好きで毎日昆虫ばかり見て育ちました。その虫たちは何も教えられることなく生まれつき備わった能力で餌をとり住いを探したり作ったりするのが不思議でした」

と伊藤をのぞき込む。

伊藤は

「織田さん、そうでしょ。生まれたばかりの虫が空を飛んだり自分の食べる葉や花の蜜を見極めるのですよ。虫に脳があるかどうかは知りませんが、私はそれが不思議でこの研究を始めたのです」

と、いきさつを述べた。