自分で産むという意識を重視したC・Dさん
C・Dさんは、2006年に第1子を診療所で出産し、2014年と2015年に第2子、第3子をプライベート出産しました。C・Dさんは、第1子の陣痛促進剤を使った出産に納得できていませんでした。
2回目の妊娠の際、自然出産を望み助産所や自宅出産を引き受けてくれる助産師を探しましたが、居住地周辺にはいないことがわかりました。病産院で産まない選択はプライベート出産の選択です。ところがその妊娠は残念ながら流産となりました。
その後、第2子となる次子を妊娠しました。今度はずっと逆子で経過しました。逆子の出産にリスクがあることは承知しており、病産院で産むかプライベート出産するかずいぶん悩み考え、死にも向き合いました。最終的にどのような思いで決めたのかについて、このように話しています。
「(第1子の出産は)全然やっぱ無知で知らないから、じゃあ、“そんなに危ないんだったら促進剤お願いします”って言ったけど。でも、やっぱその無知が結局は(略)、病院に丸投げだったんやなって……」
「流産して、(略)やっぱいのちって私がどうこうもできなかったので。この子はやっぱり私のおなかに入りたかった子や。(略)この子が本当に生きるんだったら、どんな出産だろうが生きるやろう。で、本当に死ぬいのちやったら、病院でも死ぬものは死ぬんやと。そのときに、私はやっぱ病院で産んで死んだときにすごい後悔すると思って……」
このように、第1子は出産について勉強することはなく、自分で産むという意識もないまま出産し、その結果満足な出産ができず、その反省から、第2子の出産は、自分の力で産みたいと考えていました。しかし地域に助産所はなくプライベート出産の選択しかありません。
さらに流産の経験から、生まれてくる子のいのちは、産み方や産み場所で決まるものではなく、子ども自身の生命力によるものと考え選択しました。C・Dさんは、医療の管理下で産むことが絶対的な生命の保障につながらないのだから、授かった子ども自身の生命力を信じ尊重しようと考え、選択したことがわかります。