「見ていたぞ。自転車が赤信号でとまっていたのに、バイクが後ろから追突したんだ」
ずいぶん飛ばされたようで、大きな交差点のど真ん中で俺と俺を囲む救急隊を、通行人が心配そうに遠くから見ている。
「まだ無理しないで、そのままで大丈夫ですから」
救急隊員が近寄ってきた。
とっさに担架に乗せようとするのを制御した。
「いや、大丈夫です」
「えっ?」
「仕事があるんで、自分で病院行くので結構です」
救急車に乗ったら一日だめになってしまう。それは避けたかった。
ヘルメットを被った中年の男性の救急隊員は、呆気にとられたように目を大きく見開いてみている。
「今行っておかないとあとで困りますよ」
親切心か、あとで厄介になってはいけないのか、言葉が強かったがそれ以上は強要されなかった。バイクの運転手にけがはなかったらしい。それを知ってほっとした。
「ちょっと状況を伺いたいので、こちらに来てください」と連れていかれたのは高速道路の高架下だった。
「いえ、立ったままで大丈夫です」
立ったまま腰の痛みがじんじんするのを我慢しながら、警察の状況確認に対応した。どういう状況だったか、どういう風に飛ばされたかを説明するように言われたが、まったく不意打ちだったので、まともな回答はできなかった。やっと解放されると空車のタクシーに飛び乗った。
「ちゃんと病院は行ってくださいねー」
先ほどの救急隊員の叫ぶ声が背後に聞こえた。
「代官山駅方面へお願いします」
時計は十時を指していた。
美容師になって十八年。若い時に雇われていた時は、有給休暇を存分に使って海外旅行に行ったり余暇を楽しんだ。しかし自分の店をもってからは、火曜日の定休日と年末以外に店を空けたことはなかった。
仕事中は集中していて、自分の体調は気にならないが、栄養ドリンクで喝を入れて不調は乗り切ってきた。お客さんのなりたいイメージを形にしていく時間は充実感がある。逆にイメージが湧かない時ほどつらいものはない。
生きた人をモデルに、その人の願いを具現化していくことが心躍るのだった。一人として自分の都合でキャンセルすることはできない。たとえ今日事故に遭おうとも。独立した時に自分に課した約束だった。