押し寄せるコロナの脅威...
「ステイホーム週間」と銘打たれたゴールデンウィークは、例年の賑わいははるか昔のことになった。誰も来ないほどでもなく、一日に一人は来てくれた。長い自粛生活の中、休暇で緊張の糸がほぐれたのだろう。男の方がこざっぱりひと月に一度は切るので、短時間でカットを済ませるとすっと帰っていった。
売上は前年の十%にも満たなかった。来月の家賃の支払いを済ませた後で、残高が減っている通帳を見てガクッとなった。この調子だと半年もたないかもしれない。一瞬波が来たかと思うとサーッとひいていった。穴があくほど予約台帳を見ても、待てどもネットの新着も電話もなかった。
はあー。薄いオレンジ色の夕焼けを窓越しに眺めながら、グイッとマグカップのお茶を喉に押し込んだ。
そろそろ閉店かと思っているころだった。宅配便が大きな段ボールを運んできた。差出人は彼女の名前だった。突然何だろう? 早く中を見たい気持ちで、控室のテーブルの上にのせるとカッターでガムテープをさっとカットして中を開けた。
「おおー!」
歓喜の声が出てしまった。贈り物ってやっぱり嬉しいものだ。不意にそれが来たときほどありがたいものはない。
ビールにあいそうなスナックやアーモンドがある。すぐに開けて食べる。美味い! お店の茶菓子用に、ブラウンシュガークッキーとお菓子の箱が入っている。
これは、よく洒落たレストランで見かけるハンドソープだ。オーガニックなのが、うちの店にあうし自然な香りがいい。この時期だから手洗いに欠かせないし。
そう言えば先週久しぶりにデパ地下に行ったとメッセージが来ていたな。まさか自分のために何かを買ってくれていたとは思いもしなかった。ビールを入れなかったのは身体を気遣ってのことだろう。
ランニング用に吸汗性の良いTシャツも二枚入っていた。スポーツ用のウエアをもっていないのよく見てるな。アイリスの写真が一面に広がるポストカードにメッセージがあった。
「会えなくて心配だけど、身体に気を付けてね」
急に鼻の上あたりがツンと熱くなって目の奥が潤んできた。互いに会わなくなってもう三カ月が経つ。店に来て、電車の移動で、感染なんかさせたくなかった。
でも、いますぐに声を聴きたかった。スマホで電話をプッシュしたが出ない。今日は出勤か。今話したら泣き言を言ってしまいそうだったから出なくて良かったかもしれない。
クッキーの箱が目に留まった。甘いものは好きではないが彼女は大好きだ。黒糖の控えめな甘さが、店で出す苦めのコーヒーにあいそうで、彼女の思いをじっくりと噛みしめた。滑らかな長い髪、首から漂うマンダリンの香り、嬉しそうに話す時のキラキラした瞳、喧嘩したあとに見せた涙……。手をのばして彼女を引き寄せたかった。