神様の俳句講義 その二 朧夜 より
私が二度目に俳句の神様に会った日、尿意をもよおして四時四十分に目が覚めた。
トイレから戻って床に入ったが、二度寝をすると昼近くまで寝てしまうので、部屋の明かりをつけたまま、目を開けてぼんやりしていた。すると、天井から音もなく、女の人がすうっと降りてきた。
歳は四十代、日本髪で、祖母の若かりし頃の写真に写っていた濃紺の絣かすりの着物を着ている。目が少し狐目気味であるが、上品な中流階級の婦人のようである。
「おはよう。句会に出す句を思案中のようね。どのような具合ですか」
「朧夜の句を詠みたいです。春、万物が霞んで見える夜で、私の好きな季語です」
「そこに何が現れるの?」
「猫です。朧夜という異界のような空間から戻ってきた、毛が湿った雄猫です」
「猫を飼っているのね」
「はい、三匹。みんな雄で、アメリカンショートヘア、アビシニアン、雑種です」
「夜、散歩に出て行くわけね」
「いいえ、ケガと病気が怖いので、外に出しません」
「それなのに、なぜ猫を詠むの?」
「はい、三匹とも食べて四六時中寝てばかりのたいそうよいご身分です。たまには私の句作りに協力させねばと思って」
「俳句の出来具合は?」
「上五、中七を、『朧夜より戻りし雄猫』とします。下五に苦労しています。朧夜の大気の水分か、それとも恋のため喧嘩をして戻ってきた興奮が残っているのか、毛が静電気を帯びたように毛羽だっているような、そんな雄猫をイメージしていますが、それを表現する言葉が見つからないのです」
「下五は言い定めるというか、句の決着をつける部分なので、俳句の成否を大きく左右する。印象的な言葉を斡旋しなくてはいけないから、昔から俳人は下五に苦心しているわ」
「杉田久女なんか、山ほととぎすの句の下五『ほしいまま』を得るのに、英彦山に何度も足を運んだとか」