第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

「日本の映画ジャーナリスト笹野忠明です。こちらは映画雑誌記者内山秀和君。このたびの映画に並々ならぬ興味を持って取材にやってまいりました。先ほどの会見の模様はホールの後方でつぶさに見させていただきました」

「あなた方が居たことは十分承知していました。彼らマスメディアが知りたいことは、私の動静が主であることも承知してましたが、ああも露骨に日本人をスルーするやり方はいただけない。このたびの映画についてホールでどうしても言えなかったことをあなた方に伝えましょう。決して日本人をえこひいきするわけではないが、日本人にしか理解できないことをあなた方に判っていただきたいのです」

ハマーシュタインは笹野の顔をはっしとにらむように見てから矢継ぎ早に言葉をつないだ。

「監督の涯鷗州です。どうやら御同行の内山記者は私の正体を見抜いておられるようですな。ここインドでの私の経歴を含めてお話しいたしましょう。後ほど珍客もご紹介いたします」

涯鷗州はちらっと内山を見やりながら日本語で挨拶し、握手をすますと着座してハマーシュタインにも小声で話しかけた。ハマーシュタインは笑みを浮かべた。

ハービク所長が二人に飲み物を薦めながら口火を切った。内山は録音機を設定し、笹野はメモを取り始める。

「日本の方々、近代において同じアジアの民族としてインド人は日本人を畏敬の眼で見ていました。奇跡といってもよい明治維新、その後の国会開設、近代憲法制定、日清日露両戦役における予想を覆す日本の勝利、特に日露戦争における日本の勝利は、わがインドの若かりし頃のネルーをして、有色人種でも白色人種に勝てるとの確信を強く抱かせ、のちの英国植民地からの脱却、独立への道筋をつけてくれたのです。日本の人々はご存じないかもしれないが、明治期からのインド人の日本遊学熱は大変なものでした。しかし、インドの独立には、まだまだ時間をかけねばなりませんでした」

滔々と熱い口調で述べる所長は、まるで全インドを代表してでもいるかのように二人の日本人には感じられた。