第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

「会場の記者諸君。今日はよくぞ私たちの映画の取材のために、世界各地からこれほど集まって下さった。心から礼を言う。ハリウッドの映画制作会見だってこれほどの記者が集まることはあるまいと思う。

今、インドの俳優が主役について発した言葉は真実だ。婆須槃頭と名乗る主役の日本人は、俳優としてだけでなく技術者としての功績も大変なものだ。日本人の勤勉でひたむきな態度、ひらめきとそれを体現化する能力、どれをとっても一級品だ。インドコルカタ映画の今日の水準の一端は彼に因るとも言ってよい。

私が彼と出会った時のことを話そう。彼は開口一番こう言った。

『リグ・ヴェーダ賛歌にこのようなことが書かれてあります。

(そのとき太初において無もなかりき、有もなかりき、空界もなかりき、その上の天もなかりき。そのとき、死もなかりき、不死もなかりき。誰か正しく知るものぞ、この創造、現象界の出現はいずこより生じ、いずこより来れる。神々はこの創造より後なり。しからば誰か創造の起こりしかを知るものぞ)

旧約聖書の天地創造よりもずっと以前の事物を語った、この宇宙開闢(かいびゃく)の歌こそ、これからの人類に安寧と、永遠の充足をもたらすものではありませんか』

と。

その時私は悟った。このインドの思想は、私たちヨーロッパ人種よりもはるかに深く宇宙の実相を把握(はあく)していると。

我々人間の及びもつかない昔に宇宙の創造は始まっていた。それをインド人は知っていたのだ。彼はまたこうも言った。

『いま人類世界は急カーブを描いて、破滅への道を突き進んでいます。なんとなればここたかだか二千年の人類の膨張と文明の発展は、それまでの何万年かの時間を大きく凌駕(りょうが)して、性急に人類を夢たぶらかして、謙虚さと素直さを奪いました。

それでいながら人類は厳しい人種差別を徹底させました。白色人種はその中では最上級の位置に座して、決して有色人種と与(くみ)しません。彼らの生活を根こそぎ自分らの価値観へ組み込もうとしています。それがいかに無謀であってもやむことがない。

私はこの習癖(しゅうへき)に大いに異議を唱えたい。それが人類世界の破滅へのカウントダウンを遅らせることになるのなら』

そう言った彼がここコルカタでこたびの事業をやり始めた。私がここで声を大にして君たちジャーナリストに言いたいのは、このインド映画が日本人の手を加えて、うなりをあげて全世界へとメッセージを送り始めたということだ。

こたびの映画『マルト神群』がどういった映画になるのか、しかとその眼(まなこ)で見定めてほしい。本日はもうこれ以上話すことがない。これで本日の会見を終えることとする」

あまりに性急な会見打ち切りに会場は一気にざわめきたった。壇上の人物たちは皆立ち上がり、出口に向かい始めた。司会の男がこう切り出した。

「会場の皆さん。本日の会見はこれにて終了いたします。まだ壇上の出席者に質問取材をされたい方は、撮影所事務局までお申し込みください。後日二回目の会見を設定し、日程をお知らせいたします」

これに大多数の記者たちが反発した。

「何を血迷ったことを言っているんだ。我々は時間を割いてはるばる遠いところからわざわざ取材に来たんだ。今日を外すともうここには来れなくなる記者だっているんだぞ」

「ですが、もはや会見打ち切りとなりましたので、そこのところは悪しからずということで」