双頭の鷲は啼いたか
タケルは仕事場でまたぼんやりと考え込んでいた。不眠と悪夢、頭痛は過去の交通事故の後遺症ではないかと。仕事にも支障が出ないうちになんとかしなければならなかった。
しかし交代で平日の休みが回ってくる時に、入院していた病院を受診しようかと考えていた。そういえば、大学時代からの友人の浩介からメールが来ていた。この際、一度会うのも悪くない。タケルは取り巻く環境を変えてみようと考えていた。他愛のない会話や愚痴を言いながら酒を飲みかわす事で何かが変わればいいのにと思った。一人で悩んでいても解決にはならないと思い始めていた。
生徒たちが来るまでまだ少し時間がある。タケルは受付のカウンターの一つ先に座る秋元さんにそれとなく近寄った。
「秋元さん」
「はい」
まじめな顔でこちらを向いた。面長で鼻筋が通り少し目が離れていたが年齢よりも落ち着いて見える。髪を一つに結んでいるせいだろうか。
「私用で申し訳ない」
「ええ、何ですか」
緊張した面持ちがふわっと崩れて笑顔になった。
「今日の夜、大学からの友人に会うのだけれど、この服装だとどう思いますか」
タケルは貶される覚悟で尋ねた。いつもと同じ濃紺のスーツにカッターの襟が二重になっている少ししゃれっ気のあるもので、ネクタイは手持ちで二番目に高価なブランドものだ。
「いえ、別におかしくないですよ」
秋元さんはきちんと上から下まで座ったまま椅子を引き、少し離れじっと見て返事してくれた。
「そう、ありがとう」
タケルが恥ずかしそうに言うと、
「チーフ、珍しいですね」
と答えた。
「仕事と家の往復だけじゃ味気なくてね」
「いいじゃないですか、そのあと合コンとかやればいいのに」
秋元さんははにかんだ顔でタケルを見て、ペロッと舌を出した。彼女は僕みたいな陰気な男には興味がないのだろうなとタケルは思った。二年ほど一緒に仕事をしているが、食事にも誘われたことはない。きっと彼氏がいるのだろう。前の彼女だった薫ほど美人ではないまでも、まじめな仕事ぶりに、好感が持てた。