仕事よりきつい山登り

先を目指して歩き続けると、日光湯元温泉へ向かう道と、右折して奥白根山頂へ向かうコースの合流点まで来た。

分岐点で中年男が三人休んでいる。

「どちらからですか」

「中白根コースからです」

一人の男はラジオをつけっ放しにしている。三人が出発。私もあとに続いた。前を行く男は、千葉県柏市を夕べ11時に出て、電車とバスを乗り継いで来たという。

「私も今朝2時半に川越を出てきました」

と言うと、

「山に来る人はみんな半端じゃないんですね」

ときた。柏市の前を行く人が、立ち止まって後ろに振り向いた。

「山に興味のない人から見れば、馬鹿みたいですよね」

と笑う。四人は2、3メートルの距離を置きながら、奥白根への急登を登り続ける。白い息が空中に流れて、四つの小さな煙突が動いているようだ。

上から下りてくる人がいた。夫婦連れらしい。息を切らしながら登る私たちに、サングラスの奥さんが道を譲る。

「きついですね」

と奥さん。

「いや~、仕事よりきついですよ」

と腰に手拭いをぶら下げている柏市の人が答えた。

「そこが良いんですよね」

と旦那さん。奥さんの笑顔が素敵だ。私は雪の斜面に立ち止まって、後ろを振り返ってみた。中禅寺湖が五本の手指を広げたような形をして見える。左に男体山が円錐形のように高い。

男体山の下に広がる枯野は、戦場ヶ原だ。男体山の左に大真名子山、小真名子山、太郎山と三つのピークが続く。どの山も頂上付近だけ白い帽子をかぶっている。

この場所は急斜面だが、低木帯の斜面は登りやすい。雪原に前方から霧が流れてくる。この風景を求めて、岳人は秋山に来るのだ。

しばらく行くと小さな白根権現があった。その後も岩塊と砂礫の起状をいくつか越えると、山頂に到着。2578メートルの高さは、日光火山群の最高峰である。

頂上周辺を見回すと、火口の跡らしい窪地が大小いくつも散在している。五色沼側は削ったような断崖絶壁だ。柏市の人は、ザックから革ジャンパーの暖かそうなのを出して着た。一人が柏市の人にカメラを渡した。

「すいません。シャッターを押してください」

二人は旗を前に広げて、指でVサインのポーズ。

旗は「東京消防庁山岳部」と白く染め抜かれてあった。