地獄(じごく)・極楽列車(ごくらくれっしゃ)

ある夏(なつ)の午後(ごご)、日差(ひざ)しの強(つよ)い暑(あつ)い日(ひ)です。

私(わたし)は六本木(ろっぽんぎ)の国立新美術館(こくりつしんびじゅつかん)へオルセー美術館(びじゅつかん)とオランジュリー美術館所蔵(びじゅつかんしょぞう)の「ルノワール展(てん)」に参(まい)りました。

何室(なんしつ)にも大作(たいさく)ばかりが展示(てんじ)され、あまりの素晴(すば)らしさについ二時間以上(にじかんいじょう)、夢中(むちゅう)で見続(みつづ)けておりました。

さて出口(でぐち)へと足(あし)を向(む)けたところ、足元(あしもと)が少(すこ)しふらついた感(かん)じがいたしましたが、出口(でぐち)はすぐ近(ちか)くにありましたのでそのまま二(に)、三歩(さんぽ)ほど歩(ある)いた時(とき)です。

急(きゅう)に頭(あたま)がグラグラと回(まわ)り、失神(しっしん)してそのまま背中(せなか)からコンクリの床(ゆか)に倒(たお)れました。

後頭部(こうとうぶ)をしたたか打(う)ったようですが、その時(とき)は自分(じぶん)でもなんだかわかりません。真(ま)っ暗闇(くらやみ)で別に痛(いた)くも何(なん)ともありませんでした。

何(なに)か私(わたし)の体(からだ)が急(きゅう)に軽(かる)くなってスッと立(た)ち上(あ)がり、丁度雲(ちょうどくも)の上(うえ)を歩(ある)くかのように静(しず)かに一人(ひとり)、先ほどの出口(でぐち)へと向(む)かいました。

すると正面(しょうめん)に黒(くろ)い列車(れっしゃ)でしょうか、何両(なんりょう)も並(なら)んで私(わたし)を待(ま)っているようでした。

車両(しゃりょう)の横(よこ)には「地獄(じごく)・極楽列車(ごくらくれっしゃ)」と書(か)いてあります。

「折角(せっかく)、私(わたし)を待(ま)っていてくれたのだから」

と思(おも)い、乗(の)ることにしました。

すーっと列車(れっしゃ)の扉(とびら)が開(ひら)いて、私(わたし)は何(なん)となく乗車(じょうしゃ)しました。

車内(しゃない)に入(はい)ると明(あか)るくモスグリーンのカーペットが敷(し)きつめられ、椅子(いす)は二人掛(ふたりが)けの向(む)かい合(あ)わせになっていました。