「村長を辞めろ! そのために回りくどいことをしたのです」

「そのような発言で訴えるというのは恐喝……、あっあっ、それはいいか。でも、そのようなことを……犯罪だとか相手に伝えることはできない。案件は契約不履行だから」

「私の発言が脅しなら、そのように伝えていただいて結構です。阿智村の言うとおり、裁判所が当社請求額の根拠となる見積書の確定を行っていただければ、それはそれで結構ですが。いかがでしょう? 相手の要求に応えて、そのことを進めることはできますか?」

「調停は双方の話を聞く最初の場です。その場において裁判所に要求を出すということはありません。阿智村が要求するのであれば、今回の調停としてではなく、別段に裁判所に求めることですが、まずこのような事例はないので、いずれにしても裁判官が決めることです」

「では私はどうしたらよいのですか。阿智村は調停の場で支払うと言っているのですよ。その条件は裁判所に振られ、裁判所はそれができない、難しいなんて言われれば、いったい私はどうしたらよいのですか?」

こんな不条理はない。中村弁護士をやり込めても意味はないが、正直な気持ちだった。

「相手に伝えてください。『村長を辞めろ』と。それであれば請求の一切を取り下げます。なければ警察に刑事事件として告訴します。村長辞任期間に制限は要求しませんが、その旨の了承は1か月以内とします」

「伝えますが、その条件の可否についてまでは対応できません」

「それは当然だと思います。伝えてくれるだけで構いません」

「わかりました。先ほどのところでお待ちください」

この待合室も3回目、そこには誰もいなかった。

呼ばれるまでには少し時間はあるだろう。興奮している気持ちを落ち着かせようと深い呼吸をしてみたが、動悸は治まらない。

顧問のシモカワ弁護士はどうするのだろう? 契約不履行ではなくなったのは影響しないのか? このような要求に応えられないだろう。どのようになるのだろう? 自分がやっていることは正しいのか? こんなこと、世間ではないのだろうか? 自分の頭がおかしいのか? さまざまな思いが交錯する。

そのとき、ドアが開いた。室内の青白い空気感がうかがえた。初老の男がだらしなく座っている。肩が落ち、背筋が伸びていない。シモカワ弁護士だ。はすかいに座るヤマガミムネオの目が泳いでいた。青白さは二人の顔色か。

案内されるまま、シモカワ弁護士の横に座る。

「熊谷さんの言われることは伝えました。それに関して熊谷さんへの返答はありませんでした。裁判官に双方の考えと内容を伝えてきますが、何か言うべきことはありますか?」

中村弁護士の問いに「ありません」と言う。中村弁護士はシモカワ弁護士に「よろしいですか?」と再度確認し出て行った。

長く感じた。実際長かった。同じ空間にいたくない。空気が汚れている感じがする。

息苦しい……鼓動が激しい……左袖をそっと上げ、腕時計を何度も見る。長い……やっとドアが開いた。