樹海のなかを1時間半ほど登ると、「弥三吉水(やそきちみず)」という水場があった。苔の生えた樋から綺麗な水が流れている。

三人は順番に弥三吉水を手ですくって飲み、また登り始めた。石ころ道の両側にはダケカンバとブナの原生林がずっと続いている。

「あれ! キタキツネですよ」

島さんが立ち止った。キツネが登山道に腹ばいになっている。体は茶色と白が混じり、逃げようともしない。

「人間が残した、弁当のかすでも食べているんじゃないでしょうかね」

と藤さんが言う。

「彼らは人間に捕まえられるとか、銃で撃ち殺されるとかという警戒心よりも、人間は餌を与えてくれるものと見ているのかもね」

と島さん。このキタキツネは痩せている。特に、後ろの腰のあたりに肉がない。

キタキツネを見送り、先へ。ダケカンバの密生しているなかを道は上へ上へと延びている。今度は「銀冷水」という水場があったが枯れていた。地図に水場と書いてあっても、必ずそこで水が手に入るとは限らないと教えられた。

藤さんが石の上に腰を下ろした。

「疲れました……」

藤さんの顔色に元気がない。昨日、トムラウシ登山を終えて宇登呂に来る途中、斜里の農園に寄って、新鮮なトウモロコシ、ジャガイモ、メロンなどを食べ、野菜たっぷりのジュースや牛乳も飲んだ。

「昨日のあの濃い牛乳が効き過ぎたみたいです」

と藤さんが言う。

「これ飲んでみますか?」

と島さんが金粒の薬を一粒手渡す。島さんのお母さんが持たせてくれたものだ。

「どお? 島ちゃん、この薬効くかな?」

藤さんは手のひらに薬を置いて、迷っている。

「うん、気分的かもしんないけど、トムラウシを登ったときには効いたみたいだよ」

金粒の薬とは、鹿の角を粉末にした漢方薬である。