【鹿島槍ヶ岳(富山・長野)】1988年8月 頂上を目指す

天気さえ良ければ、山の朝はいつも私に感動を与えてくれる。山小屋に泊まった翌朝の私の行動は、いつも積極的だ。

目が覚めた。

冷池山荘の布団のなかで腕時計を見ると、4時ちょっと前。トドの大群のように眠っているたくさんの宿泊客を起こさないように、慎重にまたぎながら歩く。

午前4時30分、ヘッドライトを頭につけて冷池山荘の玄関に立つ。東の空が明け始めている。

大きなザックは小屋の前に置き、夕べ小屋でつくってもらった弁当と、水筒だけデイパックに入れて、南峰までピストンすることにした。それにしても風が冷たい。真夏のいま、ゴアテックスの雨具上下を着てちょうど良い。

樹林を抜けるとテント場があった。七張り。みんな、まだよく眠っているようだ。東の空が赤やピンクや黄色に変わり、だんだん明るくなってきた。

昨日、種池山荘から爺ヶ岳へ登るとき、左側には霧で隠れていた立山連邦の全稜線が見えた。

鋸の刃のような剣岳は、黒っぽい岩肌に雪渓の白さが目立つ。左後ろに針ノ木岳、蓮華岳。その後ろに遠く小さく見えるのが槍穂高方面だが、頭は雲で見えない。

冷池山荘から石ころ道を布引山まで登ってきた。このあたりから見る鹿島槍双耳峰の岩壁は迫力あり、重量感で圧倒される。

思い出がよみがえる。燕岳から見た鹿島。白馬から見た鹿島。八方尾根から見た鹿島。八ヶ岳のときは11月3日で初雪の日だった。

三人連れの女性から、

「鹿島槍はどのあたりですか?」

と聞かれて望遠鏡で探し当て、その望遠鏡を貸してあげた思い出がある。

その鹿島槍が、いま目の前にある!

足元を見ながら、少し登っては鹿島を見上げる。また登る。東から吹いてくる風が冷たい。

這松が擦りあってザワザワと音を立て、混声合唱のように音を大きくしているようだ。もう少し、もう少しと思いながら自分と闘って登る山。自分との闘いだ。宗教登山の意味がわかるような気がする。

南峰の頂上に到着。2889メートル。いままで南峰に隠されていた直下に、キレット小屋を発見! その先から五竜への尾根道が延々と続く。

「わー、凄~い、う~ん~」

一人でつぶやいた。

この先は、後立山連邦最難関のコースだ。五竜岳の先に唐松岳、天狗岳、杓子岳が一列に並べた将棋の駒のように重なって見える。一番奥にピーンと非対称形に尖っているのが白馬岳だ。

南峰の頂上には30歳くらいの男が二人いた。

「五竜に行かれるんですか?」

と私が声をかけると、

「ハイ!」

と答えた。

風が強いなかを進む二人を見送った。