画壇デビュー
その日、カミーユが約束の時間にアトリエに着くと、バジールは留守だった。親戚に不幸があって、今朝早く故郷モンペリエへ発ったという。急なことで、カミーユは帰った方がいいのか判断しかねていた。何より、アトリエにモネと二人きりでいる時間が妙に息苦しく落ち着かなかった。
「先週と同じポーズを取ってくれるかな」
モネは当たり前のように言う。
「そこに腰掛けて、顔は正面。手は膝の上で軽く重ねて。……右手が上だったね」
口調はいつもと変わらないが、何かがいつもと違っていた。何度も何度も窓や玄関の方を見るし、筆が止まってしまうこともある。そんなモネは見たことがなかった。カミーユが先週と同じポーズを取り、モネはそわそわしながらもデッサンを続けるうち、外で馬車の停まる音がしてまもなくドアがノックされた。
「ムッシュー・オスカル=クロード・モネ、いらっしゃいますか?」
モネは文字通り椅子から跳び上がった。一瞬返事が遅れると、訪問者はたたみかけるように言った。
「サロンの入選通知です」
ドアを叩きながら呼び掛け続けている。モネは勢いよくドアを開けると、差し出された通知を受け取った。
「おめでとうございます」
愛想よくそう言うと、配達人は忙しそうに馬車に乗り込んだ。今日は、そんな通知をたくさん配達しているのだろう。配達人にとってそれは、ひと言「おめでとう」と言えば済む事実だが、受け取る者にとっては、それまでの努力が報いられ、輝かしい未来が拓かれたと信じられる瞬間だった。
「やった! ……やった、やった!」
ドアも締まり切らぬうちに、モネは叫んだ。両腕を突き上げると、その姿勢のまま、居ても立っても居られぬ風に部屋中を歩き回った。それから、喜びを抑え切れない様子でカミーユに握手を求めた。
「今、ここに君がいてくれてうれしいよ」
モネの手はがっちりと大きくて、痛いほどの握力だった。
「おめでとうございます」
カミーユは心から祝福した。
「本当に、素敵な絵でしたもの」
そう言ってにっこり笑った。少しだったけれど、彼がその二枚の入選作を制作する現場にいた。今、ちょうど入選通知を受け取り、目の前で喜ぶ姿を見られたことで、カミーユ自身も当事者であるかのような幸福感に包まれた。