だんごで勝負
だんごとおはぎをつくり、『いち福』が9時に開店すると父はいつものように朝食を食べにいく。
開店後は母が接客と販売をする。
だんごとおはぎ、前日に子どもたちと包装したゆべしを並べて、
「いらっしゃいませ」
揺れたのれんに威勢の良い母の声が響く。
このころになると『いち福』もそれなりに忙しくなり母一人での販売も手が追いつかなくなっていたので、石澤さんちのお母さんにも手伝ってもらっていた。
「はやっ!」
機械のように正確にあんこを付ける石澤さんの手捌きに、姉は口を開いたまま出来上がった串だんごのパックを見ていた。
「本当におばちゃんすごい! 早いし綺麗だし!」
「全然そんなことないよ。早いだけでいつも雑ですいませーん」
と石澤さんはほくほくした表情でいつも笑う。
母と石澤さんのコンビネーションは最強で、二人が楽しそうに販売するのでお客様もいつも笑って買いに来てくれた。
「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ」
母が注文を受けると、すかさず注文通りに石澤さんがだんごにあんこを付ける。
「それではだんご10本で770円になります」
母がお会計をする。その間にも石澤さんの機械のような手が的確に串だんごにたっぷりあんこを付けパックへと運ぶ。
「はいどうぞ。お待たせしました」
石澤さんのつくるだんごはいつも綺麗で、しょうゆ、ごま、ずんだ、くるみ、あんこの5種類が2本ずつ入った10本パックが母の手元に届く。
「あれ? これずんだが入らなくてあんこが4本」
と母が言うと、
「あら。いやだ! 私間違えた。すぐに包み直しまーす。雑ですいませーん」
と石澤さんは笑い、母もつられるように笑う。
「私もやっちゃうから。大丈夫、大丈夫」
と石澤さんに言ったあとに母は続けてお客様に声をかける。
「多く付けた分はサービスだから食べてください!」
とお客様に伝えると、
「えっ!? いいの? ありがとう。なんか得したわ」
と不意のサービスにお客様も笑った。
『いち福』の小さい店内には、いつも母と石澤さんの明るい笑い声が綿毛のように溢れていた。
創業当時から笑顔でお店を支えていただいた石澤さんには、今でも家族でとても感謝している。
朝食を食べ終えた父は、少し休んで作業場に戻りゆべしをつくり始める。
ガス式のボイラーに火をつけると、くるみがたっぷり入ったゆべしの生地を蒸籠(せいろ)にセットしじっくりと蒸し始める。その蒸籠がどんどん重なり、そこから上がる湯気は換気扇を通って外の道路まで吹き出している。
その蒸気の量はすさまじく、店の前をたまたま通った人が、
「あそこで火事が起きている」
と勘違いするほどだった。その作業場の換気扇から上がる蒸気はいつしかうちの名物となって、『いち福』が営業していることを知らせる目印となっていた。
午後は比較的落ち着いた時間が続き、父は作業場のパイプ椅子に腰をかけその日の新聞に目を通し始めた。
「石澤さん座って。お茶入れるから」
母が石澤さんに声をかけ、お茶菓子を広げながら二人の井戸端会議が始まる。
その後はゆっくりお客様を待つのが午後の楽しみとなっていた。そうこうしていると、学校から子どもたちがわちゃわちゃと帰ってくるので、母たちの午後の優雅なティータイムとはいかなくなるのだ。
『いち福』の定休日は創業当時から変わらず月曜日で、父はよく趣味の釣りに出かけた。
父の釣りは朝が早い。
まぁ早いといっても日ごろ4時前に起きている父にとってはなんてことのない時間に家を出る。朝晩の寒さが残る春先の時期は、よくアイナメを釣りに行っていた。
「アイナメはテトラポッドの周りを狙うといいんだ。おっきいのだと50センチぐらいのもいるんだぞ」
そう言いながら、明日の釣りに使う仕掛けをつくりながら笑みを浮かべる父。
「アイナメってどうやって食うのがうまいの?」
父の釣竿のリールを勝手に触りながら兄が聞く。
「まぁ刺身だろうな。脂ののったコリコリの食感はおいしいよな。唐揚げとか煮付け、なんだっていける魚だよ」
「へぇ。じゃ釣ってきたら捌くの見せてよ」
料理に興味があった兄は父にそう言うと、リールを父に渡して遊びに出かけた。