次の日、父は約束通りに30センチほどのアイナメを釣ってきて、学校から帰ってきた兄とともに台所に立っていた。
「まずはウロコな。身が柔らかい魚だから力入れすぎなくていいぞ」
父は手際良くざっざっざっとウロコを落とす。
「胸びれと腹びれの下に包丁入れて。こうやって引いて」
と、アイナメの頭を切り落とすと次は腹に包丁を入れて切り始める。
「そしたら腹割って内臓を出して」
食い入るように見る兄。
「ここは綺麗に洗うんだよ」
そう言って内臓が付いていた腹の部分の血ワタを水洗いして水気をふき取った。
「こっからは3枚な」
続けて三枚おろしの手順を教え始める。
「背びれに沿って中骨まで切れ込み入れて。反対にして腹の方からも切ってくんだ」
寿司職人の技を間近で見ながら自分もやってみたいとうずうずする兄。
「あとは尾っぽの付け根から包丁入れたら……ほら半身だろ。次、竜也もやってみっか?」
「うん」
キラキラと目が光り、いつも大きい兄の目がさらに大きくなった。
「まずは。よーく手洗え」
今までの親子の会話から一変し、親方が弟子に指導するような口調になる父。
「料理を極めるには、食材だけじゃなく道具も重要だ。だから包丁もしっかりとした使い方しないと良い食材も台なしにしてしまうんだ」
出刃包丁を兄に持たせ話を続ける。
「まずは集中しろ。包丁扱うときは焦んなくていいからゆっくりな。怖がることはないから集中だけしろ」
父は兄をまな板の前に立たせた。
「背びれに包丁沿わせて切ってみろ」
兄はゆっくりと魚に包丁を入れる。
「そうだゆっくりでいい」
魚に顔がくっつくかと思うくらいに兄の集中力は高まって、ゆっくり動く刃は確実に進んでいた。綺麗に捌かれた切り身を見て父は、
「綺麗な3枚だ」
満足げに笑い、親方から父親に戻った。
兄の三枚おろしは父親に見守られながらのデビューを果たした。
それから兄は父が料理をするたびに横にポジションを取り、父の技術をじっくり見ることが多くなっていった。