T君にはさらにもう一つ驚きの技があった。彼は受診の度に鞄いっぱいに本を詰めてやってくる。
訳を聞くと、待ち時間に読むためだという。中身を見せてもらうと若者向けの小説四冊、マンガ本一冊が入っていた。一冊の小説をほぼ一時間足らずで、読み切るので、大量の本を持ち歩いているとのことだった。新本なら一ページ三十秒から四十秒で読みこなし、内容も把握しているようなので、ためしに芥川龍之介の「トロッコ」の内容を聞いたらきちんと答えることができた。一日に二十冊前後を読みこなす、驚くべき速読の持ち主なのであった。
本屋の書棚に並ぶ書物の列を一度見ただけで覚えられるというから、「君は図書館に勤めたら間違いなく職場のエリートになれる」と冗談を交わしたこともあった。
受診のたびに、話の弾みでT君の秘められた能力が次々と明らかになった。そのつど、同伴する母親は後ろの席から身をのりだし、驚嘆のまなざしで「そんなこと、知りませんでした。初耳です……」とつぶやいていた。