「やっぱり、定年後は何かやらなくちゃダメだな。いつ家を追い出されるか分からんから」
「まだ、つまらないことを言っているの。早く心臓手術して、今の会社でやれば」
良い会社であるが、続けて勤務すると、今までの後輩と仕事を行うことになる。立場が違えば考えや意見も違い侃々諤々と多くの時間を割いて話し合われる。時には修復のつかない雰囲気になる時もある。良い組織は、多くの意見を戦わせることにより修練されることを知っているが、私の存在は、そんな修練の為には、後輩にとっては邪魔な存在であることを私は理解している。そんなことを妻に言っても分からない。
「世間のためになることを定年後はやりたいと思う」
「やれば。死んでも知らないわよ。死んでも保険金があるからね」
「七十歳までしか保険期間がないぞ。長生きすれば、厚生年金だけだ」
「そうなの。まいったなあ」
「やっぱり生涯現役。生涯現役に向く資格が一番だ」
「そう考えると、資格もいいわね。資格試験と心臓の爆弾との競争か」
「身体のことに注意しながら、試験勉強するからいいだろ」
懇願するように言うと、
「いいわ。貴方がやるなら応援するわよ」
妻は、自分の問題でもあるのに、呑気に、
「でも、貴方には無理。本、それも最近はハードボイルド風な本ばかり読んでいる貴方には無理よ」
と、あっさりと何気なく言っている言葉に、「体調は良くないし、家に帰れば野球放送か読書のグウタラ亭主には無理。絶対できやしない」と言いたい気持ちが、私なりに理解できた。
「無理よ。無理。無理……」
自分の亭主を信じないのか。体と健康のことは重ねて言われて頭にきた。
私は、腹の底に「なにくそ」とファイトがみなぎった。まだ定年まで二年ある。やるぞ……。私は、先日の静岡の父親の最後の言葉が、忘れられず、
「いつまでも目的を持って生きる。それが男だ」
そんなフレーズが、私に「生涯現役」の道へと思いを至らせた。その為には、自営しかない。そんな気持ちがあって、妻に社労士の話を持ちかけた。妻は乗り気でないが、私は、決めた。
「定年後は、社労士だ」
専門性を生かし、且つ、独立自営すれば収入もある。社労士受験を決断した。