出会い─パリの片隅で

日曜の朝、カミーユはまたポン・ヌフを渡っていた。前回と同じ頰を刺すような冷たい風に、コートの襟元をぎゅっと握り締めた。

あれからカミーユは、ムッシュー・モネの言葉を何度も反芻(はんすう)した。「もう一度僕らのアトリエに来てくれないか」。何度繰り返しても、自分があのアパルトマンをもう一度訪ねる意味はわからない。けれどあのとき、自分にだけ聞こえる声で話し掛けてくれたことがただうれしかった。

またムッシュー・モネに会える。

ところが、アパルトマンが近づくにつれ緊張が高まった。今日のこのドレス、どこかおかしくないかしら。今朝は念入りに(くし)を通してきたけれど、髪は乱れていないかしら。

あの日、一目で気に入ったフェルスタンベール街の小さな緑地が見えてきた。めざすアパルトマンはすぐそこだ。すっかり葉を落としたマロニエを見上げ、カミーユはふうぅぅっと長く白い息を吐いた。

ノックするとすぐ、ムッシュー・モネが顔を出した。「やあ」そう言って、カミーユの顔をじっと見つめた。そのまなざしはやはり強く深く、カミーユは再会の喜びを嚙み締めた。

できることなら、そのまなざしに特別な意味が籠っていてほしい。自分と同じように再会を待ちわびていたのだと、そう言ってもらえたらどんなにうれしいだろうと思った。

けれどムッシュー・モネはそれ以上のことは言わず、先に立って奥へと案内した。前回と同じアトリエに通されると、やはり前回と同じ、背の高い青年がキャンバスに向かっていた。カミーユに気づくと、「外そうか?」と言う。

ムッシュー・モネはその必要はないと言った。そしてカミーユの方に向き直ると、

「僕らのモデルになってくれないだろうか」

と言った。

唐突過ぎて、カミーユにはまるで事情が呑み込めない。

「こちらはフレデリック・バジール、この部屋の主さ。僕は居候。僕らは絵を描いてるんだ。でも去年、通っていたアトリエが閉鎖されてしまって、人物デッサンをしようにも、モデルにも事欠く有り様だ。君さえ良ければ、決して多くはないが謝礼も払うし、……どうだろう?」

モデル……? そう言われてとっさに浮かぶのは裸婦の絵ばかりで、カミーユは何と返事をしたものか戸惑った。

「……お困りなんですか」

「困っている」

ムッシュー・モネの返事があまりに簡単なので、ムッシュー・バジールが付け加えた。

「一時間二フランという条件でモデルを募集してみたんだが、三週間以上も貼り紙しておいたのに誰も来てくれないんだよ。ちょっと安いとは思ったんだけど、親の仕送りに頼る僕らはそれ以上出すのも難しいんです」