延命水での出会い
たたみ一畳に二人の雑魚寝の夜を終えて、午前4時ちょうどに目が覚めた。天気が良ければ早めに出発したいと思って外に出てみたら、霧と雨と風が凄い。これでは急いで出発しても仕方がないと思い、私はもう一度毛布のなかに横になった(これじゃ、剣ヶ峰登頂は諦めよう)。
朝食を済ませて7時40分に下山を開始。「黒ボコ岩」経由で砂防新道を下ることにした。赤土の崩れかかった道に入ると、前に男が一人立っている。私が近づいていくと、男は崖からチョロチョロ流れている水を飲んでいた。小さな板には「延命水」とある。
男の次に、私も両手のひらで水を飲もうとしたら、「どうぞ、これで」と男は私にコップを貸してくれた。「すいません。おいしかったです!」私はこの人と一緒に下山を続けた。下からは次々に登ってくる。男は金沢の人だという。
「別当出合から金沢に行く途中で、どこか風呂に入るところありますかね?」と金沢の人に聞いてみた
「それなら白峰温泉が良いでしょう。僕も寄るつもりですけど。よかったら車で金沢駅まで送りますよ」
「え! それはまずいです」
「どうせ行くんですから」
「じゃあバス代払いますから、お願いしようかな……」
「バス代なんて!」
話ながら歩いていると、いつの間にか甚ノ助ヒュッテ(甚之助避難小屋)に着いた。続々と登ってくる。5歳や8歳くらいの子もいる。
別当出合の近くになってから、急に雨が激しく降り出した。バス停の休憩所には入りきれないほど雨宿りの人がいた。バスの発車までには1時間以上ある。
予定の時間に来たとしても、これだけの人だ。一台に乗り切れるだろうか? 雨具を脱いだり、着替えたりする場所もない。私は金沢の人の後について、石ころ道を100メートルほど下りて、駐車場のこの人の車まで急いだ。彼の車は三菱ギャランだった。
私は金沢の人から言われるままに、トランクにザックを入れ、脱いだ雨具をその上に投げ込み、激しい雨のなかを後部座席に乗り込んだ。県道33号から国道157号を30分も走ると、雨は小降りになった。山の天気は変わりやすい。
白峰温泉の共同浴場で風呂に入り、汗だくの下着を取り換えた。途中で昼食。私は風呂代と昼食代を、彼の分も払わせてもらい、やっと金沢駅前に着いた。
「お世話になりました。ありがとうございました!」
青空の暑い日差しのなかを、三菱ギャランは、あっという間に遠ざかっていった。