濃霧のなかの御前峰
午前6時50分に南竜山荘を出発。エコーラインを登る。凄い霧だ。アオモリトドマツの枝で、チョリチョリッと鳴いているのはメボソムシクイで、キョロキョロと鳴いているのはルリビタキ。夏鳥の声を聞きながら自然を感じ、山を行く。
登る斜面が少し緩やかになったと思うと、弥陀ヶ原に着いた。強い風によってアオモリトドマツの枝は、旗竿のような形になっている。
植物は動物のように季節によって移動することができないから、長い冬の強い季節風で、環境に応じた形に変化するそうだ。生きられないほうには伸びず、生きられるほうに伸びる。アオモリトドマツは、人間の生き方を暗示しているようである。
大きな石ころだらけの急登の道を終えると、目の前に薄ぼんやり「受付」という立札を発見。人がこちらに近づいてくるので、聞いてみた。
「白山神社はどこですか?」
「いま、霧で見えないですけど、この方向に50メートルほど歩けば、大きな鳥居がありますよ」
と教えられた。下の神社は目の前だった。いくら悪天候でも、ここまで来て頂上を踏まずには帰れない。
(濃霧だが、頂上神社までは行こう!)とハイマツとナナカマドのなかの道を、風によろけながら40分ほど登り、頂上神社に到着。説明板があった。正式名は「シラヤマヒメジンジャ」と言うそうだ。神社は周りを石積みした囲みのなかにあった。
その奥宮から30メートルほど先に、ここが頂上という柱が一本。私は風に吹き飛ばされないように、足元に気をつけながら、2702メートルの柱にタッチした!
天気さえ良ければ、前方に2677メートルの剣ヶ峰が見えるはずだ。7つの池を巡って大汝峰のほうへ日本海や北アルプスを眺めながら、1時間か2時間の雲上散歩が楽しめるであろうに。残念である。
室堂センターに戻ると、広い土間にたくさんのベンチがあり、たくさんの人が休んでいた。壁面や隅にあるガラスケースのなかに、白山についての説明書きがあった。
[日本海でたっぷり水蒸気を吸収した北西の季節風をまともに受ける白山は、全国有数の豪雪地帯であり、雪解け水が平野を潤し、農耕民の間から自然に感謝の念が湧きあがり、それが信仰にまで発展したと言われている。白山は海上交通の目印にもなったために、海運漁業関係者の間にも信仰が広まった。現在では全国に2716社の白山神社がある]
隣のケースには、這松の幹が切ってあり、備え付けの虫眼鏡で切り口を覗かせている。白山の開山は早く、いまから約1300年前に遡る。植物学者も早くから調査に登ったため、白山という名前の付いた花が多い。
さらに次のガラスケースには、「ハクサンの名の付く植物を、あなたはいくつ知っていますか?」とあった。私は白山の「下の名前」だけをメモしてみた。
ミズゴケ、イチゲ、トリカブト、ハタザオ、フウロ、タイゲキ、オトギリ、ボウフウ、サイコ、シャクナゲ、コザクラ、カメバヒキオコシ、オオバコ、ボク、シャジン、アザミ、カニコウモリ、イチゴツナギ、スゲ、チドリ。
夕方になっても霧と風は少しも衰えない。センターの広い土間には、夕食を待つ人が渦巻きのように並んでいた。中学生の団体も交じっている。私は聞いてみた。
「どこの学校ですか?」
「鳥越中学です」
丸刈りだ。胸に「1の3」と書いてある。ジャージの女の子もいる。合羽を着ている男の子もいた。能登半島からマイクロバス6台で、今朝6時に出てきたという。