復元された旧新橋停車場

蒸気機関車は産業革命の象徴でした。

十九世紀に発明され、短期間に先進国に普及します。明治五(1872)年日本でも新橋から横浜の間に鉄道が敷かれ蒸気機関車が走りました。

明治政府は、日本も先進国並みに発展していると見せるために、まだ市内の交通は馬か徒歩だった時代に、思い切って鉄道を建設したのです。

横浜には外航船の港があり、新橋近くの築地に外国人居留地がありましたから、実利と宣伝を兼ねた鉄道敷設でした。その鉄道の出発駅は、現在の新橋駅より少し海寄りの汐留でした。

モノレールゆりかもめの始発駅を建設したとき、昔の新橋駅が発掘され、基礎工事の一部が新橋駅近くに展示されています。

再開発された汐留シオサイトには多くの超高層ビルがそそり立っていますが、その片隅に、古風な明治時代の駅舎とレールが再現され、レールの始点には、日本の鉄道はここから始まった印としてゼロ哩の柱標識が立っています。

ニコライ堂の美

江戸学問のゆかりの地、湯島聖堂を訪れたらロシア正教のニコライ堂を訪ねることをお奨めします。

ニコライ堂は湯島聖堂から神田川にかかる橋「聖橋(ひじりばし)」を渡った所にあります。

江戸末期、函館のロシア領事館付き司祭として来日し、日本で布教活動に功績のあったニコライ大司教の名をとって、通称ニコライ堂と言われますが、正式名称は東京復活大聖堂です。

歴史や宗教にご興味がなくても、教会建築の美しさを鑑賞するだけでも訪ねる価値があります。

ニコライ堂は、美しいビザンチン様式の建造物で、明治時代に多くの西洋建築を東京に残した英国人建築家コンドルの手によって明治二十四(1891)年に完成しました。

関東大震災で一度崩壊しましたが、その後玉葱型のドームも復興しました。また、日本では数少ない石造の重要文化財であり、1990年代に大規模な修復工事が行われ、外観も内装も見事な姿になりました。