第一章 赤い光
交番に着くと、二階の簡素な部屋にぶちこまれた。低く冷たい声で氏名、年齢、住所、電話番号、学校名、担任の名前などを一通り聞かれた。警官は達也の家に電話をかけるが、誰も出ない。受話器を置いた警官に、なぜこの時間にあんな場所にいたのかと問いただされた。
すべて正直に答えた達也に、警官は最後に言い放った。
「学生は学生らしく勉強してりゃいいんだよ。わかったら早く帰りな。二度とこんなことするなよ。もしまた同じことやったら逮捕だからな!」
今度は追い出されるように交番をでると、達也は松本駅へとぼとぼと歩きはじめた。
(怖かったな。このこと、自宅に電話されちゃうのかな。そうしたらバレちゃうな、塾サボったこと。それに万引きしようとしたことも)
学生が足早に達也を追い抜いていく。塾帰りだろうか。携帯で最寄り駅までの迎えを頼んでいるようだった。
(どうせ僕は兄さんと違ってダメな人間なんだ。どうせ僕がどうなったって、みんな心配なんかしないだろ?)
握りしめた手のひらに再び爪が食いこむ。
(あんな大人なんかに僕の気持ちがわかってたまるか。学生は勉強してればいいだって? 勉強する意味がわからない僕はどうしたらいいっていうんだ)
「畜生!」
うつむいて歩いていた達也は、すれ違いざまに若い男にぶつかってしまった。
「す、すみません」
「待てよ」
あわてて頭を下げ、駅へ向かおうとした達也はふいに腕をつかまれた。顔を上げると、仲間らしき男二人が、ぶつかった男とともに達也を取り囲んだ。
「君さあ、すみませんで済むなら警察はいらないんだよね。学校で習ってないのかい?」
一人がニヤニヤしながら言った。
「あ、あのっ僕」
「騒いだらボコボコにしちゃうよ?」
今度は別の男が言った。
「黙ってこっちへ来な」
リーダー格の男が言うと、達也は幅が狭く人気のない路地裏へと連れていかれた。あとずさりする達也。男たちがゆっくりと近づいてくる。表通りを通る車の赤いテールライトがちらちらと見える。助けを求めようにも怖くて言葉がでてこない。達也の体が震えはじめる。
「お兄さんたちね、今度、大学の合コンがあってさ。お金足りないんだよねえ」
「……大学? ……お金?」
混乱する達也に、今度は別の男が言った。
「バイト代、入ったんだけど全額すっちゃったんだよね。さっき、パチンコでさ」
「お金……お金……わ、わかりました」
達也は財布をだそうとするが、思うように体が動かない。なんとか取り出した財布を、リーダー格の男がひったくる。彼は中を確かめると、達也の腹部に強烈な一撃をくらわした。腹を押さえ地面にうずくまる。
「お前、バカか? たかが三百円でお兄さんたちが許してあげると思ったの?」
「そのバッグの中にはねぇのか、ほかに」
別の男が達也の背中を蹴(け)りながら笑いを浮かべる。
「何も……ありません」
塾のテキストや筆記用具の入ったバッグもひったくられ、金目の物がないことがわかると、リーダー格の男が再び達也を蹴った。
「まっ、中坊ごときの金はハナっから期待してなかったが、いいストレス発散になったなぁおい」