千年の夢
母
わたしが生まれたのは黒くてそれはそれは小さなつりがねのかたちをした家でした。いつも少し扉が開いていて、晴れた日はそこから青い空や木々、遠くの山々がみえました。そして母の姿も。
春でした。母は、美しい紫色のやわらかなはなびらをたくさんつけていて、そのはなびらが風に揺れていたのを今でもはっきりとおぼえています。
兄弟たち
小さな部屋の中はわたしの兄弟たちでびっしりいっぱいでした。わたしたちは決められた位置にみんなお行儀よく並んですわり、おしゃべりをしながらたくさんの時間を一緒に過ごしていました。それでも、風が吹くたびに順番に小さな扉から兄弟たちがひとり、またひとりと空へ舞い上がり、どこへともなく消えていったものです。わたしたちはさびしいとも思わず、どこへ行くのだろうかとも思わず、それをみおくりました。
わたしたちは皆生まれたときから透明で軽いすてきなかたちをした羽根をもっていました。その羽根でいつかは風とともに旅立ち、やがて見知らぬ土地に根をおろし、そこで一生を過ごすことになることをどこからともなく伝えきいて知っていたのです。
旅立ち
やがてついにわたしの番が来ました。その日いきなり吹き込んできた風が旅の相手に選んだのはわたしでした。わたしは兄弟たちに別れを告げる間も与えられず、気がついたときは勢いよく空中に飛び出していました。
風とともに
美しい日でした。おびただしい光の渦の中で空も木々も山々も輝いていました。なんという自由、そして広さだったことでしょう。わたしははじめて別世界を知ったのです。
教えられなくても、わたしは幾重にも重なって光る透明な羽根をじょうずに使うことができました。軽々と舞い上がってみたり、急降下してみたりしながら、風のなすままに、それから何日も楽しい旅を続けました。
風の命令
わたしを連れ出した風は非常に強い力をもっていました。それまで優しく感じたその風が、ある日いきなり、わたしを上へ、上へと、ぐんぐん押し上げ始めたのです。あまりにも、速く、あまりにも高かったのでわたしはすぐに息苦しさをおぼえ、ついには気を失ってしまいました。
気がつくと、わたしは高い山のごつごつした岩の小さな隙間に倒れていました。
目を覚ましたわたしを風が見下ろしていました。そして言いました。
「ここがおまえの場所だ。ここに根付き、花咲き、歌え」
風はそれからどこへともなく去ってゆき、二度と再びもどってきませんでした。
ひとりぼっち
みしらぬ場所にいきなり置き去りにされてわたしは泣きました。昼も夜もひとりぼっちだったからです。夜は凍りつくような寒さでした。昼は太陽が容赦なく照りつけ、干上がる暑さに苦しみました。僅かな岩陰だけが私の慰めでした。とりわけ凶暴な山の嵐が何度もやってきてはわたしを谷底に突き落とそうとしました。そのたびにわたしは大きな岩に必死でしがみつきました。そして隙間にあった僅かな土を探し出しては根を下ろそうと力を尽くしました。そのようにして、わたしは少しずつ、少しずつ、強くなってゆきました。