なぜ、風は
わたしはときおり考えました。
「なぜ風はこんな場所にわたしを下ろしたのだろう」
青々とした田んぼや麦畑、広やかな川のほとり、れんげの花咲く野原。わたしは旅の途中で、美しい場所をたくさん見てきました。それは、わたしが根を下ろすのにもっと良い場所だったのにと思いました。しかし、風がわたしを置いたのは、ごつごつしたこの高い山の上の岩のわずかな隙間でした。
そこから見えるのは小さな、小さな空だけでした。
その空をあおいでわたしはいつも思いました。
「雲だったら、雲だったらいいのに。雲だったら、わたしは自分の好きな場所を選んで、そこにいることができるのに」
鳥を見るたび、こうも思いました。
「鳥だったら、鳥だったらいいのに。鳥だったら、わたしは好きな場所に飛んで行ける」
夜は星を見て、思いました。
「星だったら、星だったらいいのに。星だったら、わたしはさびしくなんかない。わたしをみんなが見てくれるから。そして、わたしもみんなを見ていられる」
時折、自分を置き去りにした風のことも思い出し、考えました。
「風だったら、風だったらいいのに。風だったら、お母さんの家に帰る道を探せる。散らばったきょうだいたちも探しにゆける」
わたしは小さな木
岩陰にいるわたしを見つけてくれるものはだれもいませんでした。わたしは雲にも、鳥にも、星にも、風にもなれずに、相変わらず、高い山の小さな岩のくぼみの中で息を潜めて過ごしていました。
冬には雪がふります。たちまち、私の体は白い雪にうずもれます。青白い月や星が真っ白な世界を照らし出すとき、わたしは凍える寒さの中で一晩中眠らずに夜明けがくるのをひたすら待ちました。
そんな夜を繰り返しながら、わたしは自分が不思議な力によって更に強くなってゆくのを感じました。
花の野原
わたしの背丈が伸び、岩の向こうにあるものが少しずつ見えるようになったとき、驚きました。思いもかけない世界が岩の向こうに広がっていたからです。そこは岩の間にある小さな野原にすぎなかったことでしょう。しかし、わたしには十分すばらしい世界に見えました。さまざまな野生の生き物が雪の中を飛び跳ねていました。おなかを空かせたウサギや、ネズミや、キツネです。それをねらってハヤブサや、ワシが空から急降下してきました。獲物になったあわれな動物たちの鳴き声が鳥たちの翼の音とともに遠くへ消えてゆきます。
春から夏にかけてその野原は美しい花々でいっぱいになりました。キツネもリスもうれしそうにとびはねています。色とりどりの鳥たちも遠くから飛んできました。チョウや、ハチ、さまざまな虫たちが花の間をいったりきたりしています。それは、どんなに見ても決してあきることのない光景でした。その時になって、わたしはやっと気づきました。風はわたしを、このうえもなく美しい場所に根を下ろすようにしてくれたのです。そこは空に限りなく近い、限りなく清らかな天上のお花畑でした。
わたしは、初めて、風に感謝しました。