ハインリヒ・フジオカの過去

ハインリヒ・フジオカは、かつてはドイツを拠点に活動するロシアのスパイだった。

ドイツは石畳の街と古城の国とよく称される。

ライプツィヒの古い建物の中にある銀行の貸金庫から取り出したUSBメモリを、フジオカは手持ちのパソコンに接続した。

「おはよう、ハインリヒくん。カーネル博士とサンダース博士は、武力をすべて無力化する画期的な装置を開発中の三人のうちの二人であるが、このほど二人は奥さんともども誘拐されてしまった。誘拐したのはC国の諜報員・郭分列である。

しかし第三の科学者、日本人の才媛・須戸麗花が欠けては特殊装置の製法が分からぬ以上、次に敵は当然須戸麗花博士を狙ってくるに違いない。

それが果たせぬと分かった時、誘拐された二人の命は重大な危機に晒されることになる。

須戸麗花博士が学会でドイツのフランクフルトを訪れるこのタイミングで、C国の諜報員も二人の博士をドイツに連れてきてどこかに監禁しているという情報を当局は得た。

そこで君の使命だが、万難を排してカーネル博士とサンダース博士、およびその奥さんたちを無事救い出すことにある。

例によって君もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なおこのUSBメモリは自動的に消滅する。成功を祈る」

ハインリヒ・フジオカと須戸麗花は、フランクフルト空港で対面した。

「あなたがフジオカさんね。この度はお世話になります」

「フジオカと呼び捨てでいいですよ。須戸博士お嬢様は、なんとお呼びすれば?」

「博士はかったるいなあ。『お嬢』でいいっすよ」

フジオカは、今回の計画を須戸麗花にすべて伝えていた。

須戸麗花にはかなり危険な、重要な役どころをお願いすることになる。

「お嬢様、今回は非常に危険な役割ですが、御身の安全は、このフジオカが命に代えても保障いたします」

「ああ、まあ面白そうでいいじゃん」

この須戸麗花というお嬢様は相当肝っ玉が据わっていて、只者ではないな、とフジオカは思った。

須戸麗花の祖父、須戸立覇が亡くなって丁度一年になる。海外にも知人の多かった祖父を偲んで、このフランクフルトで一周忌の法要が催されることになっていた。

フジオカはその法要のことをわざと新聞にも載せ、大勢の招待客が集まる中で、恐らく郭分列が何かを仕掛けてくることを誘った。

法要の当日。式典の段取りが最後に差し掛かったところで、黒塗りのベンツから降りてきた数人が、招待客に紛れて忍び込み、まんまと須戸麗花を拉致して行く。

但し須戸麗花を警護し片時も傍らを離れなかったフジオカは、なんと自らの腕を手錠で須戸お嬢と繋いでいたため、お嬢もろともに拉致されていくこととなった。

二人は人里を離れたフランクフルト郊外のある廃ビルの地下室に連れていかれた。

須戸麗花と手錠で繋がれたままのフジオカを見て、郭分列は激怒した