最後のミッション

コロラドの赤く染まる絶壁をロッククライミングしているとき、部長から呼び出しがきた。

「まだ疲れが残っているだろうが、至急の仕事がある」前のミッションの心の整理がまだできていないのに、いつもながらこちらの都合なぞ無視した命令だ。しかも、ヨンス宛のミッションは最高にハードな仕事ばかりである。

軽く舌打ちをしながら、ナップサックを肩にかけて、四輪駆動車のある場所まで下りていった。定年間近の部長は、長身を支えきれないかのようにデスクに両手をつっぱって、笑った顔をついぞ見たことがない仏頂面(ぶっちょうずら)でヨンスを迎えた。冷徹な任務の長は皆、同じお面のような顔になる。

「ゆっくり休暇をやれず、すまない。今度も国のメンツにかかわる仕事だから、君より他にいないのだ。武器商人のボルトを知っているだろう。奴の所在が掴めたのだ。世界の警察を自認している我が国の国民の一人が、世界の警察に手配されている。

我が国が捕らえて連れ帰り、裁判にかけなければメンツが立たない。極悪非道の奴を、他国の警察に渡すわけにはいかないのだ。中国のアメリカ大使館からの知らせで、上海のどこかに隠れているらしいことがわかった。しかし、20代の出国のときの写真しかないので、40年後の60代の今の顔がわからない。雲を掴むような仕事だが、君しかいないのだ」

気が進まないが、この仕事を最後に引退することを条件に引き受けた。部長は「やはりそうか。そのような予感がしていた」と言いながら、「では、最後の仕事をしっかり頼む」と言ってくれた。

武器商人のボルトはニューヨークの有名な老舗レストランの子息で、何不自由ない生活と教育を受けていた。しかしそこの高級食に大枚をはたいて食べることが富裕層を自認する客たちの見栄であったのを逆手にとって、前の客の食べ残しを次の客につかい回すような商売をする両親を見て育った。

成人して一般企業に就職したが、苦労してもらった給料の少なさにばかばかしくなって、一攫千金(いっかくせんきん)を狙うようになる。得体の知れない岩石を粉末にして、ミネラルの美肌効果を謳い文句に、女優をモデルにした宣伝で売ったり、邪道の祈祷師を使って心霊商売をしたり、果ては紛(まが)いもののアクセサリーを売りつけて仲間の恨みを買い、国外に逃亡するほか身の置きどころがなくなっていた。