「いま、ウイルスが何とかって言っているでしょう? 孫がね、中学3年生なんだけど、卒業式どうかしらね? 前から『おばあちゃん、卒業式見に来てね』って言っていたんだけど、保護者の出席はダメみたいね。残念だわ」
「はい。ほかのお客様からもそのように伺いますね。卒業式はお子様やお孫様の人生の節目ですからね、ご覧になりたいですよね」
「そうね。でも元気でいてくれたら、それだけで充分なんだけどね」
お客様は寂しそうに話された。わかっていても……と、言ったところだろうか? いや、納得しようとなさっているのだろう。やはり残念そうだ。
その後、私から話題を変え、楽しい話をした。お客様は声を立てて笑われた。
楽しそうなお声を聞けて良かった……。
目的地に到着。正面玄関に付けた。
「いろいろお話している内に着いてしまったわね。楽しかったわ〜! いつもより、早く感じるわ」
お客様はそうおっしゃりながら、お財布を開け、お支払いになった。
「ありがとうございます。領収書とポケットティッシュでございます。あと、のど飴をどうぞ。風邪などの予防にもなるそうですので。ほんの気持ちです」
「まぁ〜、嬉しいわ。初めて。病院で待っているときにいただくわ。ありがとう」
「外からドアをお開け致します。お待ちくださいませ」
周りを確認し、ドアをお開けした。
お客様は、お召し物のベストを脱ごうとしていらっしゃる。しかし、なかなか上手く脱げない。
「お脱ぎになりますか? お手伝い致しますね」
「ありがとう。ごめんなさいね」
「あら、こちら手編みですね。軽くて素敵なお色ですね」
ベストを畳みながら伺った。
「あら、わかる? 前に私が編んだのよ。古いんだけど、軽くて暖かいからね」
「愛用していらっしゃるんですね。とても素敵ですよ。こちら、おカバンの中にしまってもよろしいですか?」
「お願い。助かるわ。歳をとるとなかなか手際良くできなくてね」
「それでは、私がおカバンをお持ちしていますので、ゆっくりお降りくださいませ」
降りながらお客様は、
「どのタクシーもあなたみたいだったらいいのに。帰りはまた怖い運転手さんだったら嫌だわ」
「私でよろしければ、いつでも、お迎えにあがりますよ。お呼びくださいませ」
「まあ、嬉しい。また、呼ばせていただくわ」
「お忘れ物はございませんか? おカバンは背負われますか?」
「本当に助かるわ。一森さん、ありがとう。」
お客様がよろけたときに、転ばないようにガードしながら、お手伝いする。
「いいえ。〇〇タクシーをご利用いただきましてありがとうございました。行ってらっしゃいませ!」
笑顔のお客様に頭を下げお見送りした。
お客様は何度も、振り返って病院に入って行かれた。
後続車が待っていたので急いで車を移動する。待たせているのは気がついていたが、ご年配の方を焦らせることはしない。
私が後続車のドライバーに頭を下げれば済むことだ。
車を走らせながら、お客様のことを思う。
お孫様の卒業式、保護者の方々も出席できるといいな。
きっとお客様も、御列席なさりたいだろうな。
優しくて、笑顔の素敵な方だったな……。
なぜか、優しい気持ちになれるお方だった。
やはり、このようなお手伝い、介助をしながらの仕事がしたい。
介護タクシーも大変ではあるが、やってみたい。
改めて、そう思った。
外は雨が降り続けている。
だが、私には雨音が軽やかなワルツのように聴こえていた。