リー中尉の家
中尉の家は、市場の位置から首都の中心を挟んで反対側にあった。
この地域は軍属の家庭が多く、国のレベルでは比較的に裕福な部類に入る。難を逃れた前の家の配置と全く同じで、門番のミンの住居、中庭の左右に蔵、正面に母屋があった。全体が色あせているのは、主人が3年間不在であったためであろう。
軍隊に何回も問い合わせても、「消息不明」というつれない返事のみで、詳細を教えてもらえなかった。給料は役所から支払いがあったが、最近「不明者は死亡とみなす」の通知とともに途絶えている。
しかし、妻と三人の子供に門番の五人は、つましく何とか生活していたのだ。
リー中尉が生還したことを病状説明とともに軍隊に報告しようとしたが、今までの冷たい返事や給料停止などもあり、3年前の主人が何か複雑な事件に関係していて、今生存が知れると本人に不測の事態が起きないか不安だったため、報告しないでしばらく様子をうかがうことにした。
ヨンスにとっては願ってもない方策である。寒々しい宿住まいより、質素でも久しぶりの温かい手料理、女性の優しい瞳、賑やかにまつわりつく子供たち、穏やかなミンに囲まれ、心苦しくとも、ほとぼりが冷めるまで逗留することにした。
通勤には遠くなってしまったが、今まで通り同じ市場のボスの隣へ出店している。中尉の身分は記憶が戻るまで伏せてもらうことにした。悪人の二人を追い出した後は平穏で、客のランクも上がっている。
蔵の一つを作業場にしてから能率が上がり、収入も増えて、家族の食事メニューが増えた。
妻はキム・ジェイン30歳、長男リー・ジョワン11歳、長女リー・ヨンミ10歳、二男リー・ジュワン7歳、ミン65歳、そして主人リー・ヨハン35歳で、靴屋本人と同年齢である。
ジェインとミンは近所の住人の状況など、反応をうかがうようにして、噛んで含めるように説明してくれるので、ヨハンの過去と現在が繋がって理解できる。
帰宅すると二男がまつわりついて離れない。恥ずかしげであった長女も小さな鼻をちょっとつついたら、弟に負けじと話しかけてくる。長男はそれを見ることで満足しようと努めているようだ。
三人ともきれいな目をしている。ジェインは体の傷を見て、少しでも休息できるよう、食事、風呂、睡眠と、気配りをしてくれる。それがありがたい。偽りの後ろめたさを超えて、35年間の人生で初めて、家族の温かさが身にしみた。
ミンの話だと、親子とも近所並みの生活を心がけて、食事に事欠く家庭には施しではなく、何か軽作業を与えて、その報酬として食物を与えているそうだ。
子供たちの衣類や持ち物は清潔だが、実に粗末だ。威張らずおごらないこの家族を見る近所の目が、尊敬と信愛を証明していた。
主人としてのヨハンの人間性も想像に難くない。靴屋も仕事の合間に、近所の子供たちに革の残り物でサンダルなどを作って与えたり、大人たちの靴の底や踵を新しくしてあげたりした。