SOS!!
信号待ち。
師走に入り、何となく平日の夜の街も賑やかになってきた。
街のイルミネーションが綺麗。
時計を見ると針は午前0時を指している。
終電がなくなるこれからが深夜のドライバーにとっての稼ぎ時間。
すでに忙しくなっており、走りっぱなしだ。
ふと、右からの直進のタクシーが、ノロノロと目の前を横切る。女性ドライバーだ。
『SOS→助けて』
と標示板に出ている。
行灯(社名表示灯のこと)も赤くピカピカ光っているではないか!
私の左手前方に路駐した。
(※タクシーは緊急の場合、ドライバーによって、SOSの表示を出す事ができます。そして、無線センターに知らせがいき、近くの仲間が直行してくれる仕組みになっています)
数秒、様子を見るも、周りのタクシーは無視。おそらく、気がついているのだが書き入れどきなので、気がつかないフリをしている。
私は左に寄せて駐車した。
でも、どうしよう……。
女の私が行っても意味がない?
周りのタクシーに声を掛けるも、通過してしまう。
気持ちを落ち着かせ、勇気を出して助手席側から窓をノックする。
「どうしました?」
窓が開く。
「後ろから蹴られて、怖いんです……」
「警察呼びますか?」
「はい」
怯えたように女性ドライバーは言う。
後部座席を見ると、ふてぶてしそうに、男性がふんぞりかえって座っている。
「警察、呼びますね」
携帯を取り出し、すぐに110番通報……。
「もしもし、事故ですか? 事件ですか?」
状況を説明する。
警察と電話でやり取りしていると、犯人が降りて来た。そして、私に近づいて来て、ロレツの回らない言葉で文句を言った。
30歳くらいのカラダの大きな男性。身長も190センチはある。酔っているようだ。
手には、棒アイスを持ち、食べながら私を見る。
そして、何かを喚きながら、詰め寄るように私に近づいて来る……。
(怖いっ……)
至近距離。
意を決した私は犯人の目を見て言った。
「なんですか! 私まで蹴りますか? いま警察と電話つながっていますから!」
ドキドキしながら、相手と向き合った。
すると、大きな男性は車の周りをウロウロし始めた。私のタクシーの周りや、自分が乗っていたタクシーの周りを。
私は警察と電話しながらも、決して犯人からは目を離さなかった。
しかし、警察の方は状況やら私の会社名など、とにかく質問ばかり。
早く来てほしいのに……苛立ちを感じる。
SOSサインで、仲間のタクシーが駆けつけたよう。女性ドライバーは、男性ドライバーと話している。
キョロキョロしながら、フラフラと大きな男性が道路の向こう側に歩いていった。片側3車線ある大きな道路。
大きな男性が手を挙げた!
「逃げます! あの人が乗るタクシーのナンバー、見といてください!」
と女性ドライバーに叫ぶ。
彼女は慌てて気づき、ナンバーを見ている。
「なんだかんだ、質問攻めにしている間に逃げましたよ! どうしてすぐに来てくれないんですか! その間に、刺されたりしたら、どうするんですか!」
私は電話相手の警察に怒鳴った。
「いまから向かいます。こちらから電話をするかもしれないので、一森さんはすぐに電話に出られるようにしておいてください」
私は女性ドライバーに、その旨を伝えた。
「警察が事情聴取に来ます。少しココで待つように言われました」
「わかりました。すみません、忙しい時間なのでもう、大丈夫です。お仕事に戻ってください。ありがとうございました」
とお辞儀をしながら言う彼女に、私も挨拶をした。
警察には、携帯電話番号も社名も名前も伝えてあるので、何かあれば連絡がくるだろう……。
とにかく怪我とかなくて良かった。
そして、その場を離れ乗務に戻った。
仕事に戻った私が二組ほどお送りしたところで、携帯が鳴った。
案の定、警察からだ。
「一森さん、いまどちらに いらっしゃいますか?」
「弘明寺駅にいます」
「そうですか! 現場にまた戻ってこられますか? 事情聴取をしたいので……お忙しい時間なのにすみません」
「わかりました。10分ほどで伺えると思います」
と電話を切り現場に向かった。
ひどく雨が降りだした。
さきほどとは、現場の雰囲気も変わり、ひと気もなく閑散としている。
車を停めると、直ぐに警察官が2人近づいてきた。
「一森さん、すみませんね。状況をあちらで伺えますか? 雨が降っているので濡れないところで」
カクカクしかじか……。詳細を説明する。
「そうでしたか。ありがとうございました」
「犯人逃げちゃいましたけど、捕まりますかね〜」
「被害者本人がいないので無理ですね……」
犯人はともかく、あの女性ドライバーまでもいなくなるとは!!
「警察に電話してくれ」と言った本人が……。
なんとも言えないガッカリ感が込み上げてきた。
勇気を出して助けに入ったのは なんだったのか?
犯人も、女性ドライバーも、同僚ドライバーも、スルーして行った他社のドライバーたちも皆同じだ。
この冷たい雨が私を打ちつけるように、世の冷たさが私の心を凍えさせた。