Prologue
ラルス・ジーモン国王が不死身だという奇怪な噂は、「暗黒の戦争」の初めのうちは、ランゴバルト国内のごく限られた王侯貴族、騎士団だけに知られていたようだったが、その後二百年に続く戦争で、今やその名を魔王ならしめた事実は、世界中の知るところとなる。
その奇怪な伝説のエピソードのひとつが、海上での戦争が始まった五十年目のある日に訪れた。西方諸国と、海洋を覆うかのようなランゴバルトの大艦隊は、同盟国の北の海岸に造られた要塞壁を挟んで対峙していた。
その日、海は穏やかで、数日に及ぶ海上戦は膠着状態に入っていた。夕日の中、突如として、優雅な黄金の船が、要塞壁にゆっくりと近づいてきた。
遥か向こうにはランゴバルトの艦隊が控えている。黄金の船は要塞壁から、何事が起こったのかとひしめく何千人もの国民に見守られ、ゆっくりと岸辺に近づいてきた。
船は明らかに戦艦ではなく、凝った装飾に贅を尽くしたゴンドラだった。美しい正装を身に着けたランゴバルトの騎士や妖艶な衣装を身にまとった女性が数人乗っていて、中央の天蓋幕の中には、国王らしき人影が見える。
肉眼ではっきりと見える位置まで船が近づいたとき、ゴンドラの中央に座る国王が優雅に立ち上がり、船の先端へと歩いてきた。
甲冑も身に着けぬその人物が堂々たる仕草で、たたずんだ。要塞壁から固唾をのんで見守った何千もの人々は奇妙な静寂に包まれた。一体何が起こっているのか?
静寂はほんの一呼吸の長さに過ぎなかったのかもしれないが、同時に、数時間、いや永遠の長さにも感じられた。唐突な出来事に目を凝らして様子を見ていた、西方同盟国で長寿の王が声にならない悲鳴を上げ、何かを叫んで後ずさった。
それが、恐怖の合図だった。
その瞬間を目撃していた群衆、その何千人という人々の悲鳴、狂気の叫びが一瞬にして要塞壁を恐怖のどん底に陥れた。黄金の船はしばらくその場に留まり、そして来たときと同じように優雅な姿を夕日に輝かせながら、大艦隊の群れへと去っていった。
人々は何を見たのか。西方諸国の大衆の前に姿を現したランゴバルトの国王は、ラルス・ジーモンその人自身だったのだ。
ラルス・ジーモンが即位してから、東方諸国の征服を遂げ、その後五十年に及ぶ海上での支配権を争う西方諸国との熾烈な争いを経た「暗黒の戦争」が始まってから、優に百年が経っていた。
しかし、彼はまるで肖像画から抜け出したような、若く精悍なままの国王その人だった。祖父の時代からの伝説の敵国の王は、歳を取ることなく、祖父の時代のままの姿で生き続けていたのだ。
この日以来、彼は不死身の魔王と呼ばれた。西方十三諸国の同盟を最初に築いたアルメニス国の国王カールは七十歳まで生き、彼の強い意志はその息子、孫の代々まで受け継がれた。