前歯一本「オカリナ演奏会なんてどうだい?」田畑さんの返事は
ずずず
【第37回】
草間 かずえ
人生の動く音がする――。
恋して悩んで、大人と子どもの境界線で揺れる日々。
双極性障害の母を持つ少年の甘く切ない青春小説を連載でお届けします。
アッキー13歳。初恋の相⼿は同じクラスのひまり。⺟は精神科に⼊院中。「そうきょくせいしょうがい」っていったいどんな病気なんだろう。病名は少しカッコいい感じもする——。隔離室には変な⼈もいるけれど、いろんな⼈がいて、いいんじゃない︖ 草間かずえ氏の著書『ずずず』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、双極性障害の⺟を持つ少年の⽢く切ない⻘春物語を紹介します。
オカリナ演奏会
前歯一本に畳み込まれるようにしてエレベーターの扉横に、こそっと二人して座った。
あんなに恥ずかしそうにしていた田畑さんはいきなりリップクリームを出してきて唇に潤いを与えていた。前歯一本は声も出さずにみとれていた。
これは儀式なんだろうか、神妙な面持ちで耳を研ぎ澄ましてその時を待った。
すると、田畑さんのオカリナから五つの音が飛び出した。
その五つの音はあちこちに舞い上がっては落ち、落ちてはまた舞い上がった。ト音記号、おたまじゃくしが田畑さんのバーコードの頭を興奮させていた。