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なつかしい写真
男子に腹が立つのは、なんでも「ブス」というレッテルを貼ればかたづくとおしとおしたからだ。じゃんけんで勝負しながら、負けた時に、おまえはブスだからこんな勝負は意味がない、と後で言い張る男子がいた。自分の負けを認めない卑怯さに腹が立つ。それに、そんな卑怯な男子に加勢して、「ブス」と囃し立てる男子たちもいる。一人では言えないくせに大勢だと強い気になって言い立てる卑怯さ。
「本当は、最初に言った子よりも、その尻馬に乗っておもしろがって言うまわりの男の子たちのほうがもっといけないんだけどね。でも、そういう子がおおいんだ」
「尻馬に乗っちゃう男の子が?」
「私よくおもうんだけど、一人で馬を乗りこなせない弱い人が、誰かの馬のお尻にひょいと乗っかって、自分も馬に乗れるがわの人間だと威張ったように振る舞おうとする。そのように見えてしかたがない」
「尻馬に乗れば落ちるって、言いますよね」
橘子はその言いまわしを知らなかったので、「そう言うの?」とききかえした。
「たしかそういう言い方があったとおもいます」
紀理子さんが答えた。
「自分でちゃんと手綱を持って乗っているわけじゃないから、お尻に乗っているだけだったら落ちますよね」
「そうなんだけど、私の感じだと、集団で尻馬に乗る人がおおい。まわりに大勢いると、自分の乗ってるのがお尻だとも気づかないよね」
「みんなが乗れるほど大きなお尻ってあるでしょうか?」
「お尻どころか、大勢が乗れる馬なんてないわ。馬に乗れるのは手綱を持ってる人だけ」
「そうですね。お尻の問題じゃない」
わらいながら紀理子さんが言う。橘子もわらう。
「馬の問題でもない。本当は、馬に乗ってない人ばかり。自分も、まわりの大勢も」
「じゃあ、なにに乗ってるのかしら?」
「うーん、なんだろう? エアの馬? エア・ホース」
橘子も「はて?」とおもうが、実体がないからエアかとおもった。
「エア・ホース─空気?」
「空気かな? なんかそんな感じもする。馬に大勢乗ることはできないんだけど、みんなは乗ってるとおもってる。そうして、馬に乗ったみたいに、みんなで動いてるんだよね。空気におされてるのかな。空気に背中をおされて歩かされてるんだけど、馬が動いてるとおもってる。そんな感じのような気がする」
橘子は言いながら、自分でもわかったような、わかっていないような感じだったので、「エアの馬─空気ウマ」と独り言のように言いかえてみた。
「空気馬─おもしろい響きね、橘子さん」
紀理子さんは壺に嵌はまったようにくすくすわらった。
かけあいみたいな会話で、打ち解けてきた。さっき友達になってくださいと言われたことが、今の会話でもう実現している感じ。紀理子さんが声を出して素でわらうのがきけたことも素敵に感じる。
少ししてから、「この写真、どこで撮られたんですか?」と紀理子さんが写真を橘子のほうに寄せて、きいた。
「その写真、もう一枚あるの。それを見たらわかるわ」
そして、橘子は手に持っていたもう一枚の写真─和華子さんも写っている─を相手に差し出した。
「こっちはスリーショットよ」
紀理子さんはそれを手にとると、吸い寄せられるようにゆっくりゆっくり顔を近づけていった。