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不具合
「でも、忘れたのは城間さんのことだけじゃねぇかもしれねぇじゃん。俺と初めて会った時の俺の状況と服装は?」
健ちゃんと初めて会った時。僕は目の前のプラタナスの木を見つめながら記憶を辿った。
「オリエンテーションの日、教室で隣の席じゃなくて健ちゃんは僕の斜め左後ろの席だった。僕がノートに描いていた彼岸花の絵を見て、隣の席に移動してきて、話しかけても来ないでずっと僕を見てた。服装は黒のサルエルパンツと無地の灰色のトレーナーだった。それから、絵が完成してノートを閉じたら急に喋りかけてきた。第一声は『その花、なんだっけ?』だったよ」
覚えている。忘れてないってだけではなく、思い出そうとすれば思い出せる。二日目の服装も、髪型も、会話も。
「訊いといて悪いけど、そんな感じだったっけ?」
「入学してまだそんなに経ってないんだから覚えててよ。自分のことでしょ?」
「まぁそうなんだけど、そう鮮明に言葉にされるとそうだったっけ? ってなる」
「そういうものかな」
人は忘れていく生き物だと、小学六年生の時の先生は言ったけど、僕はそういう生き物じゃなかった。いや、人間であることは間違いないと思うけど、忘れられない生き物だった。九九は忘れてしまったわけじゃない。覚えられなかっただけだ。
ンとソがわからないのだって覚えられないというより、僕にとってはどっちでもいいと思ってしまう、些細だけど致命的な欠陥だ。それと同じように城間さんのことも覚えられなかったのか?
勉強が出来ないことは仕方がないと、心のどこかで受け入れていたけど、好きになった子の顔が覚えられないなんて不具合以外の何物でもない。どうしよう。漠然と絶望が心を支配していく。せっかくの初恋なのに。
「あのさ、とにかく頼まれてるブローチ作ってみたら?」
「なんで?」
「なんというか、ブローチとセットで彼女の顔覚えられるかもしれないじゃん」
「そうかな?」
「わかんねぇけど、俺らはさ、一応本気でクリエイターを目指してるわけだし作品に命を吹き込んだら、作品が俺らに新しいインスピレーションくれるかもしれないじゃん? 確かにある程度、頭の中で完成図を完成させてた方がいいと思うけどさ、手を動かさなきゃ俺らはダメなんじゃねぇのかな」
健ちゃんにそう言われると本当に手を動かさないといけない気になって来た。まずは作品を作ってみないと成功作か失敗作かもわからないし、自分だけが納得していても、城間さんが気に入ってくれるかだってわからない。