彩さんは大袈裟にはしゃいでいた。僕も若い女性とバイクに乗るのは初めてだったので、少し興奮気味だった。
人生をしばし忘れるのもいいかなと思った。
「けっこう楽しいでしょ!」
「……」
聞こえなかったらしい。でも適当なところで戻らないと大塚夫人が心配するだろう。
「そろそろ戻る?」
と聞いてみた。
「え? もう帰るの? もっと乗りたい! もっとスピード出して!」
と言いながら彩さんは僕の背中にしがみついてきた。僕も楽しかったから、このまま走っていたかった。でも責任があるから適当な場所でUターンしようとした。
すると、彩さんはもっと強く抱きついてきて、
「やだやだ、帰りたくない。もっと走って! お願い! 帰りたくない!」
と強く言うので僕は根負けした。もう少し走ることにした。
僕は、綺麗な星空の下を彩さんと走っている。ほのかな幸せを感じていた。ただ、彩さんがますます強く抱きついてくるので、信号が赤で止まったとき、
「ねえ、彩さん、お腹がきついんだ。もう少し緩く掴まってくれない?」
とお願いした。
「だって、しっかり掴まってないと落とされちゃうよ!」
そう答える彩さんを僕は、かわいく思いながら、
「わかったよ、我慢するよ。確かに落ちたらヤバイもんね」
と苦笑いした。彩さんは、バイクにすごく興奮していた。たぶん、いまの自分と自分が置かれている現実から逃避したかったのだろう。
僕が帰ろうとすると、強くしがみついてきて、
「帰らないで、帰りたくない!」
激しく拒否した。しかたなくコンビニの駐車場にバイクを止めて彩さんを説得した。その前に、携帯で夫人に理由を話し、帰りが少し遅れることを伝えた。
僕は、別の日にバイクに乗せる約束をして、何とか彩さんを家に戻すことができた。
二日後、大塚家に行ったとき、夫人が大層具合悪そうにリビングで横になっていた。授業のとき彩さんに詳細を聞くと、
「最近疲れやすく、トイレでたまに出血するらしいんだ。病院に行きなよって言ってるんだけど。病院がすごく嫌いみたいで。わかるけどね、ママの気持ちは。女は、医者に下半身見られるの嫌だから。でも、何かの病気だったら困るから行きなよって言ってるんだけど。なかなか行かないんだ。あんたからも言ってよ!」
と言われたので、
「女性の病気のことは良くわかんないけど、帰るときに言ってみるよ」
と請け負った。