【関連記事】「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。
なつかしい写真
橘子は棟方さんを居間にとおした。
部屋に入ったところで、
「あの、これをどうぞ」
と棟方さんから紙袋をわたされた。
手土産に持って来られたものだろうが、自分が貰うのは筋違いだった。
「え、そんな。だって、これ、清躬くんの御実家のために用意されたものでしょ?」
「でも、もうきょうはそちらへ行けませんし。使いまわしで本当に失礼だとおもうんですけれども、御挨拶のしるしにはなるとおもいますので」
そう言われても、自分が呼び込んでお土産まで戴いたら、暗に催促したようなかたちになってきまりがわるい。でも、お互い立ったままここでおしあいっこしているのもぐあいがよくない。
今度は橘子が折れて、それを受け取った。紙袋に書かれてあった店の住所表記を見ると、東京だった。棟方さんをテーブルにつかせ、紙袋を示しながら尋ねた。
「東京からいらっしゃったのね?」
想像はしていたことだったが、橘子は念のため尋ねた。
「ええ」
「まあ、随分遠くから」
「はあ」
「ひょっとして、清躬くんも東京?」
そう言ってから、ひょっとしてとは變な言い方をしたと感じた。
「ええ」
「あ、そう」
橘子はおもわず口許が綻んだ。今も東京にいるんだ。まあ、当たり前か。
「あの、私、短大卒業したら、四月から就職で東京に出るんです」
「就職? あ、東京に? そうなんですか?」
初めは橘子の言葉の意味が掴みかねたようだが、すぐ棟方さんから珍しく燥ぐような声が出た。自分が東京に来ようがどうしようが、初対面の相手にとってはどうでもいいことで、寧ろ余計なことであるかもしれないのに、かの女の声には本当にうれしそうな響きがあった。
橘子は棟方さんにお茶を出そうと飲み物の希望をきいて、結局温かいインスタントのココアを出すことになった。また、お持たせではあるが、棟方さんの手土産のお菓子を幾つかかごに盛って出した。
「あの、すみません。檍原さん──の下のお名前はなんとおっしゃるのですか? 私、棟方と名乗りましたが、下の名前は紀理子と言います。紀伊國屋の紀に、理科の理に、子供の子です」
棟方さんが自分から名前を名乗った。