【注目記事】「発達障害かもしれない職場の人」との関係でうつ病になった話

第二章 手錠、運送屋、そしてアメリカの漫画 一九〇九年/一九一九年 ベオグラード

「もちろんだとも」ミレンコヴィチは、普通に答える。

「ヴラチャルの精神病院で精神鑑定を受けた後、スボテイチ医師は報告書を書いた。それによると、少女は恐怖の感情で周囲に反応し、時々、統合失調症障害に似た状態に陥る。しかし、これは彼女が置かれていた状況へのトラウマによるありがちな一時的反応である。精神医学上の治療は必要なし。一方では、身体検査をして、病院での治療が必要だという結論に至った……」

警官は、そこで眉をひそめて黙り込む。それから短く息をついてから続ける。

「結論としては、長い間、女の子が何度も暴行を受けてレイプされていたということだ。それゆえ、わしは少女をヤタガン・マーラの高度治療刑務所病院に送るように命じた。そんなわけで、わしはレセプションでの我々の会話を思い出した。ほら」

ディミトリイェヴィチは、手錠をかけられた少女を黙って見ていた。それから、近づいて、右手でそっと彼女のあごをつかみ、顔を上げて灯りのほうに向くようにした。

女囚は一瞬ぎろりとし、敵意に満ちた眼で見返したので、大尉は少しばかりぎくっとする。二人は一刹那見つめ合い、彼女の怒りが次第に消え去り、抵抗への意志は崩壊していることを見たディミトリイェヴィチは驚愕し、むかついた。

その時、ショックを受けた男達三人がいる前で、少女は手錠が掛かった手を上げて、囚人服のボタンを開け始めた。ディミトリイェヴィチがいち早く気を取り直して、左手で両手のひじのところをつかむ。

それから、ひじをつかんで手を下ろさせる。上のボタンがはずされた囚人服が投げられ、アーチを描いて宙を舞う。やがて床に落ちて転がり動かなくなる。

静寂が支配する中で、しばらくの間、大尉には暖炉の音だけが聞こえてきた。そして何かの音。彼自身の歯のきしむ音。

「ここから彼女を連れていってください」

と、大尉が怒った口調で言う。ターサ・ミレンコヴィチも黙って看守に頷く。看守は、少女のひじをつかんで引っ張り、控えの間に連行して行く。

老警官は、頭を揺らして、二人のグラスにほぼ空になったボトルからラキヤを注ぐ。大尉は黙りこくる。本件に関して、既に長い間考えていた事を実行すべきか、ミレンコヴィチの評価を信頼すべきか、それとも諦めるべきか考え込んだ。

でも、少女の生来の熱狂に満ちた目付きは、彼女の中に抵抗的で頑固かつタフな何かがあることを示していた。そうでなければ、手錠を掛けられて彼の執務室に連れて来られるまで生きていなかっただろう。

ディミトリイェヴィチにはわかっていた─彼女を牢屋に返すということは、容易に死刑判決が下るということを意味する。彼は溜息をつき、窓のほうを振り向いた。

「あの子は何年まで学校に通いましたか?」

ディミトリイェヴィチが降り積もった雪を窓を通して見つめながら尋ねる。

「四年だ」と、ミレンコヴィチが答える。

「父親が死ぬまでそれしか通えなかった」

「わかりました」

と、ディミトリイェヴィチはぼそっと言った。