セルビア初紳士クラブ 一九一九年 ベオグラード
「事務所はあなたの報告書に満足していますよ、ツキチさん」
ハジ・ナースティチのウェーターが冷えたビールがたっぷり入り周囲が水滴でいっぱいの大ジョッキを持ってきたときに、プリビチェヴィチ氏が言った。
「あなたは本件を秘密裡に終結させました。ボスィリチチ夫人の宿屋のスタッフは、該当する二人の宿泊客の証拠を消す指示を受けました。スタッフからすると、ジョルダーニ氏とクロムバヘル嬢は当施設に足を踏み入れたことはないということになった」
「テスラカーは返却されたでしょうか?」
と、アンカは言って微笑む。
「おかみさんは本当に良く助けてくれたわ。何らかの損害を被られたら嫌ですね」
「それは杞憂だ」
プリビチェヴィチ氏は、ビールを一口飲んだあとで、少し声を張り上げた。それから、誰かが自分たちの会話を聞いているのではないかと、辺りを見回す。カフェーのその場所には二人しかいなかった。
「バッテリーがフル充電された状態で車は返却された。有効期間三年の保険証書と、今後所有者が現れてこない忘れ物の紙幣の束は、ダッシュボードに入ったままの状態にしておいた。何も心配することはない。ボスィリチチ夫人はご苦労と秘密を守ったことに対して適切に補償を受けます」
アンカは頷く。
「わかりました。今後どうします? プランクは十五日にベオグラードに到着します。私に新しい指示があるはずです」
「そうだ。ちょっと待ってくれ……」
プリビチェヴィチは、もう一口飲み干す。それから、上着のポケットの中から黒いノート入れを取り出し、眉をひそめては、必要な情報の載っているページを探す。
「ローマにいる我々のスパイが暗号電報で知らせてきている。グリマルディが舞台から消えたことによっても、バチカンの脅威は根絶されていない」
アンカ・ツキチは眉を上げた。誰がローマ事務所のスパイなのかは知っていた。それは詩人アウグスティン・ウィエヴィチであり、イタリアの首都で国家予算を使って暮らしていた。賭博師や女衒に扮し、時々怪しげな抒情詩を書いていた。しかし時たま、彼が培ったコネのおかげで、使い物になる情報を送ってくることもあった。
「バチカンが別の手段を準備している……という意味ですか?」
と、アンカが尋ねる。
「その通りだろうよ、ツキチさん。『セルビア王ホテル』で、我々はグリマルディが送った電報を調べた。その電報は、ローマのある弁護士事務所宛てになっている。その事務所は教皇聖座の代理として、世俗的な法律案件を扱っているところなんだ。メッセージの内容は陳腐だったが、疑いなく何らかの暗号文となっていた。
この電報によって、自分がベオグラードに到着したことと、任務を実行する準備ができたことを指令者と確認したものと、我々は推測している。論理的に考えれば、彼らはグリマルディからの連絡を今日も待っていると思われる。連絡がないということは、グリマルディに代わる人物という次のステップへと進むことになるだろう」