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邂逅─緋色を背景にする女の肖像
「この時期はフェラーラにとって最も充実した良い時代だった。一九七〇年、今度はヴェネツィア芸術祭で、金の鍵を受賞してしまった。破竹の勢いは留まることを知らなかった。金の鍵賞は有名だからご存じでしょう? 平面、立体、映像、音楽、踊りなどの視覚芸術の祭典ですな。もっとも現在では紆余曲折があって別の形になっていますがね。
偶然だが、ヴェネツィアのその年のテーマは運命だった。だからそのときも、絵の主題はまたアンナさんだった。顔をわずかに傾げ、瑠璃色の瞳を虚ろにし、はるか遠くを望むアンナさんの横顔の絵だった。その目の方向にはヴェネツィアの守護神である羽の生えた獅子が浮遊していてね、ビザンツの薫りがそこはかとなく漂っていた。でも、フェラーラはヴェネツィア芸術祭に合わせて、それを描いたわけじゃあないんだ。彼は、昔ヴェネツィアに住んでいたからね。これはずっと以前から暖めていたアイデアだと言っていた。
芸術祭が終わると、その絵はヴェネツィアの画商によって競り落とされたんだが、今誰の手にあるのかな? アラブの大富豪がエージェントをいくつかからませて、落としたという噂がありましたからな。もしかしたらいまごろは中近東にでもあるのかもしれませんよ、アッハッハ。
授賞式はもちろんヴェネツィア本島で行われ、グリッティ・パレスではロイド賞のときと同じで、たいそう華麗なパーティーだった。この頃になると、フェラーラの絵はロイドの後ろ盾などなくとも大いに評価されるようになっていた。後で分かったことだが、会長のエドワードは陰で多少工作しようとしていたらしいが、結果的にはそんなこと全く不要だったと言っていたからな。もう本物になったということだ」