プロローグ
一九六〇~一九七〇年代は世界が騒然としていた時代でもある。
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アメリカでは、ベトナム戦争の泥沼の中から若者たちの間に反戦運動が起き、またたく間に世界に伝播して、日本を含め諸国で学生運動が過激化した。
やがて、一九七〇年代の幕開けになるとともにそうした運動も下火になり、世界的に経済至上主義がはびこり始めていた。そのような時代に詩人を自称する二九歳の日本人男性イサオが数か月にわたり世界を巡っている道中、初夏の東ヨーロッパのポーランドにたどり着いた。
彼は当時社会主義的体制の影響を受けていた国の実情を知りたかったのである。
彼がある夕方、森の大樹の下で寝袋を使って眠る準備をしていると、頰に数滴の水玉が降ってきた。だが、その味が少しショッパイので不思議に感じ、大樹の上を見上げると、その枝に跨って泣いている人影があった。
自称詩人のイサオは大声で、
「なぜ、そんなところで泣いているんだい」
と尋ねると、その人影はイサオに気づいたようで、
「何でもないの、放って置いてちょうだい」
と言う。