東京都立広尾病院事件東京地裁判決

被告人は、なお、「警察に届け出るということは、大変なことだよ」というふうに言っていたが、J副院長、H事務局長、I医事課長ばかりでなく、他の出席者も「やはり、仕方がないですね。警察に届けましょう」と口々に言い出したので、被告人も出席者全員に「警察に届け出をしましょう」と言って決断し、病院としては、Aの事故の件について、警察に届け出ることに決定した。

D医師は、対策会議に常時いたのではなく、出たり入ったりしていたが、警察に届け出るか否かについては、J副院長が医師法の話をしていたのを聞いており、警察への届出の必要があるのかなと思ったが、本件が看護師の絡んだ医療過誤であるので、個人的に届け出ようとは思わず、都立広尾病院としての対処、すなわち対策会議での院長である被告人以下の幹部による決定に委ねていた。

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都立広尾病院としては、警察に届け出ることに決定したので、被告人はそのことを監督官庁である東京都衛生局病院事業部(以下、病院事業部という)に電話連絡するように指示し、I医事課長が、同日午前9時頃、病院事業部に電話を掛け、これを病院事業部のS主事が受けた。

病院事業部副参事の分離前相被告人(以下K副参事という)は、S主事から、「都立広尾病院で入院患者が亡くなり、薬剤の取り違えの可能性もあるが、病理解剖の承諾はいただいている。警察に届けるのはどうしましょうかね」という内容の相談を受けたことを知らされた。

K副参事は詳しい事情の確認のため、都立広尾病院のI医事課長に電話を掛けたが、同人は居らず、電話を取った職員は話の内容が皆目分からなかったので、電話を切った。

そして、S主事と一緒に、上司であるT病院事業部長のところに相談に行き、都立広尾病院からの電話の内容を伝えた。T病院事業部長は、こんな相談をされても困るよなあ、ということを言い、今まで都立病院から警察に届けたことはあるのかと質問をし、S主事が今まで都立病院自らが届けたことはない旨答えるとともに、自席から東京都衛生局病院事業部の「医療事故・医事紛争予防マニュアル」を持参して、その関連個所である113ページの

「なお、過失が極めて明白な場合は、最終的な判断は別として、事故の事実が業務上過失致死罪に該当することになります。従って、事故の当時者である病院が病理解剖を行うと証拠隠滅と解されるおそれがあるので、病理解剖は行いません。解剖が必要と思われる場合、病院は警察に連絡しますが、司法解剖を行うか否かは警察が判断します」

との部分を読み上げ、T病院事業部長、K副参事らは過失が明白な場合については警察に届けなければいけないということであると理解した。